護身の基本の基本

武器を持とうが、拳銃を持とうが、いくら筋肉をつけようが、巧みな術も精神力もつけようが護身なんてものは簡単にできません。

まず護身の基本の基本は心理にあります。

欧米ではそれが当たり前であり、そのためのプログラムが豊富です。

まず、セルフエスティームを高める、すなわち自らを知り尽くしその尊い自分を思い出すことです。
ですから護身術は生まれたときから、始まっているのです。大人になってからもそれを高める方法もあります。まず、これがとても大切です。これを高めるというのは最も大切な護身術の基盤です。… 続きを読む

楽しけりゃいい

今生さえ楽しければ良い。
死んだ後も、生まれる前も気にしなくても良いと言うことです。

この瞬間を精一杯楽しもうというのが「道」の価値観です。それが滔々と続く。絶対的に。

「道」とは人間にそれを教えるものです。

今生さえ楽しければ良いと、自分(個人)さえ楽しければよいは違うことです。

この瞬間が楽しいと言うことは、実は全てと楽しさを共有していることになります。
「道」にも光り輝いているから楽しいのです。

太極拳の套路はこの瞬間を輝き続けながら、いつまでもいつまでも輝いていきます。これが套路です。… 続きを読む

道を楽しむ

 世間には、色々な常識があります。
古くから続くもの、宗教の常識。科学の常識。武道の常識。などなど。

しかし「道」には常識がありません。
「道」には常識が無いから、道なのです。

常識とは辞書のとおり「ある社会で、人々の間に広く承認され、当然もっているはずの知識や判断。」ということです。
ですから「道」の常識と説く時点で、おかしな話になります。

その常識に縛られてしまうと、「道」から遠ざかります。
しかし「道」の常識を知識として構成していると、あたかも「道」を説いているようにも見えます。… 続きを読む

タントラとしての太極拳

 王流の楊式太極拳は武当山で修養されていた内丹術としての行でもあります。

天地万物の構成要素としての気を、行気・運気・導引・存思・吐納などを修養し、身中の「内丹」を練り上げ、身心を変容させて、道(タオ)への回帰を目指し、性命を内側から鍛練する東洋の伝統的な修行法です。

『老子』第四十二章の「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」

根源たる「道」すなわち完全なる無。そこから先天の一気が生じ、一気は陰陽の二気と成り、陰陽二気は交わり,解け合い融合するようでふれあいながらの沖和の気を生じ、陰陽と沖和の三気から万物が生じます。… 続きを読む

教えは守らないから教えである。

教えは守らないから教えである。

教えようとしているものは、教えの中にはない。

教えを生み出したところにある。

教えを守るということの観念と概念が、人生において大きな意味を持ちます。

教えとは、読んで字の如く。何かを教えようとしているのであるから、その教えようとしているものを探す入口です。

でないと「答え」と言うでしょう。

禅問答のその「答え」は、例えば人生とはという問いに「指で◯(まる)」。

これが教えでなく答えであり、教えは指で◯という理由の表現された結果である。その教えは「空(くう)」と続くのです。… 続きを読む

欲を解放し思いのままに生きる。

欲も、自我も、好きなだけ。楽しいだけ。思いのまま。ありのまま。

一切にとらわれず、性欲・食欲あらゆる欲望もありのままだから、思い切り、一切の抑圧も抑制もなく生き生きと命の中に躍動する。

一切の抑圧から解放される。こんな楽しくて素晴らしい人生がないことを思い出す。

この抑圧が一切なくなる。神(しん)のすむ魂(こん)が、この抑圧のないこの現世に現象を起こすものになる。

魂(こん)は精神的活動で陽、

魄(はく)は肉体的活動で陰とされ、すなわち欲望も人体も、生理も精も気も魂と共にあるのが魄(はく)である。… 続きを読む

和合

和合すれば、敵は我が身なり。
我が身は我が心の赴くまま。

心を受けるところに愛がある。
受容すれば一体になり。
迎合すれば分裂する。
分裂すれば、心は争う。

相手の感受が始まるところを先(せん)とする。
その先(せん)を聞く。

その感受を受けて我が想念を興し、行にする。

それを「枕を抑える」と宮本武蔵は言う。

人や万物の感受を聞く、それを感じ受容する能力を思い出す。

例えば人の感受は即座に想念となり、気となり動となり表面に発露する。… 続きを読む

天上天下 唯我独尊

仏陀の言葉に「天上天下 唯我独尊」という言葉があります。

うちにいる文鳥たちは、空を飛びます。
私はいくら手を広げても空を飛ぶことはできません。

しかし、私は、大きなものを持ち上げることができます。

ギターの弦は震えて音を出します。
とても美しい音です。

しかし、私はたくさんの歌を歌えます。

そうなんです。全てのものは全て違って全て素晴らしいのです。

これが唯我独尊です。

そして天上天下。全ての中にいると言うことです。… 続きを読む

極へ逝かない

太極拳の心意が求めるところに、先天に戻る。 遡るということ。があります。

社会では後天的な事を積み上げて、進んでいくのが常です。

積み上げて積み上げて老い衰え死んでいく。積み上げることが多ければ老いは加速する。

遡り、遡り、若返り、生まれる前に戻っていく。これが太極拳の心意です。

何事も、極に向かうとその終局を迎えます。極へ逝くということです。

筋肉も鍛えれば鍛えるほど老化します。
努力すればするほど、疲れます。… 続きを読む

胡蝶の夢

胡蝶の夢は、道教の始祖の1人とされる荘子による有名な説話です。

巨匠フランシスコッポラがこの説話をモチーフにした文学作品から映画を造り上げました。

私も見ましたが、その思想がよく表されています。

胡蝶の夢は、荘子が夢の中で蝶として、楽しくおおらかに飛んでいたところ、目が覚めたら人間に戻っていた。人間としての私が、蝶になった夢をみていたのか、それとも今の私が蝶が見ている夢なのかという説話でです。

太極拳では無為自然を教えます。… 続きを読む