カオスの縁と「太極拳」

 太極とは、コスモス(確定的秩序的)なカオス(不秩序不確定)の安定した状態であり、その円転によって、科学では「カオスの縁」という沖和点を向かえ、生命現象や複雑な自然現象に相当するような、驚くほどに豊かな結果を生み出す。

太極拳においては、人体や環境などの陰陽である秩序が、生命を超えた混沌によって、その縁を迎え、驚くほど豊かな勁を発するのと同じである。

勢いの性質はカオスであり、人間の精は陰陽に秩序されている。純粋心(神=しん)という森羅万象と共有する心を起源として、その働きである意の振る舞いがエネルギーを動かし(気)、人間の秩序ある身体の生理(精)に混沌(カオス)たる勢いを起こす太極拳のシステムにおいて、秩序とカオスの境界にその縁がある。その縁が太極図にある黒と白の魚型の間にあるエス字である。そこには陰陽も無く、またあふれるほど存在し、あらゆるカオスが太極の性質を持って、また持たないで存在する瞬間がある。その縁の奥には「無極」の核力があり、その秩序(陰陽)をカオスに一体化しようとする。

太極拳は、相互に関連する複数の要因が合わさって全体としてなんらかの性質を見せる武道であり、しかしその全体としての挙動は個々の要因や部分からは明らかでない。これが太極の状態の沖和である。「カオスの縁」である。従って、全てのことに対応でき、全体として動き、また、個別にも作用する。生命自体の営みと同じように展開される運動であり、この「カオスの縁」自体が現在科学の人工生命、生命の進化などの研究において着目されてきたものである。

要は秩序的であるもの、いわゆる人体やその生理、環境の物質などはその秩序に支配されるが、それを超えたカオス(混沌)に移行するときに、秩序有るものが最大限の可能性と豊かさを持つ域に達する。そこが太極拳では「太極」によって描き出された領域であり、そしてそこに現れるのが、その領域を極めようとする時に生まれる「沖和」すなわち、「カオスの縁」である。「カオスの縁」で完全な調和バランスが保たれる。

科学においては、生命の発生と進化には自然淘汰の他に自己組織化が必要であり、進化の結果、生命は「カオスの縁」で存在するという仮説がよく知られている。この自己組織化が「無為自然」によってできあがった完全な状態という「形」である。例えば、套路の型である。型は同時に驚くほど豊かな勁を発する。

このカオスの縁が、今後人工知能などの発展に寄与するようだが、この太極思想を経験科学にて、ここまで突き詰めたものこそ、このカオスの縁を天地人の三才の中で感じ取った成果を得たものである。

太極拳は、その理論を根底にあふれもち、全てを会得すれば、この「カオスの縁」が人間の生命活動の無為自然な領域に発現し、またそれを無為に使用できることを思い出すことができるだろう。

太極思想は、ほとんど世に明かされていないが、経験科学の域に相当するものであり、太極思想と呼ぶよりも、相対性理論のように、太極理論と呼んだほうがふさわしい。人間が天と地の間に立って、活き活きと無為自然に生きるという、あたりまえの「カオスの縁」を思い出す理論である。

最近、シナプスのようなダイナミクスと適応的な伝導性を示すメモリスターデバイスのグリッドによって、アナログ(非ブール)演算のニューラルネットワーク型の実装が実証された。今回S Kumarたちは、高非線形性二酸化ニオブ・メモリスターデバイスでカオスダイナミクスを利用できる可能性を調べている。このアイデアは、生体ニューロンは「カオスの縁」と呼ばれる領域で機能するという理論から着想を得たものであり、この理

情報源: Nature ハイライト:カオスの縁で計算する | Nature | Nature Research

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