カレンダー

太極拳の練習日程などはこちらのカレンダーでご確認ください。

〓〓真の太極拳を学ぶ教本〓〓

taichi24bone600×900

太極拳クラス

夜間クラス

グループ内検索

カテゴリー

タントラとしての太極拳

 王流の楊式太極拳は武当山で修養されていた内丹術としての行でもあります。

天地万物の構成要素としての気を、行気・運気・導引・存思・吐納などを修養し、身中の「内丹」を練り上げ、身心を変容させて、道(タオ)への回帰を目指し、性命を内側から鍛練する東洋の伝統的な修行法です。… 続きを読む

武術と套路

套路の武術性。

套路においての真の武術性は、武術の根本にある 人間本来の融和という能力にあります。であるから、套路は美しくて荘厳で力強いのです。… 続きを読む

瞑想太極拳の神髄

85式は楊式の宗家 楊露禅が大成したもので、錬丹法の一つとして黄帝内径とか気功と併せて行われ、仙人を目指す道教の太極陰陽思想の意識を内に秘めています。… 続きを読む

王師語録#1

伝統を守ることはよいことだと思う。しかし、その伝統が間違っていないとは言えない。

歴史を振り返ってみればよくわかることだ。

古き伝人のやり方にこだわっていると、真実の道を見つけることはできない。… 続きを読む

太極拳とストレッチ・柔軟運動

本来の太極拳は、中国北派の武当山中心に修行されていた武当派といわれる拳法です。楊式太極拳を普及したとして有名な楊澄甫も、南京中央国術館の武当門門長として太極拳の普及に努めました。… 続きを読む

套路の過渡式が太極拳の神髄

現在行われている太極拳の套路で、型の姿勢、ひどい場合には手の形や足の裏の形などを正しく行うように要求があるとされていますが、実はその套路の型自体は、他の武道と同じく、構えもしくは、残心という、技の始まり部分と終了部分だけなのです。… 続きを読む

歴史5:王師は戦後の中国から逃れ日本へ

その後、1939年〜1945年の第二次世界大戦後急激に他の武術メッカと同じく、武当山へも弾圧が強まります。その時に40才を超えていて武当山で太極拳の指導者であった王師は不穏な動きを察して、知り合った日本社会の裏世界の人間の紹介で、混乱期にすぐに神戸にやってきたということです。… 続きを読む

歴史6:王師との出会い

その後、1980年に文化大革命が誤りだったとされました。民衆の怒りを収めるために、政府の体育機構は中国人の数千年の文化の中にあった伝統武術の復興を救済すると発表して、武当山周辺にも武術学校を設立して、武当山の武術を復興させようとしましたが、当たり前ですがもう既に武当山に太極拳などの武術は残っていませんでした。そこで、しかたがなくスポーツ化された武術指導家達に武当山周辺の武術学校を運営させ面目をはかりましたが、結構これが成功し、民衆は新しい政府に対し怒りの矛先を少し納めたようです。… 続きを読む

武道としての太極拳の変化

現在の中国における武術も、日本での武術もそうですが、武道を習う人に対して、武道が本来の武術と同じような要求を続けていくとしたら、武術を学びたいという人は減少せざるを得ないと言うことはどの武道家も知っています。… 続きを読む

WHO (世界保健機関)は太極拳の医学的な効用に注目

WHO (世界保健機関)は太極拳の医学的な効用に注目しているのは、太極拳をされている方は皆さんご存じです。

それは、WHO(世界保健機関)のジュネーブ本部が出版した、伝統医学を紹介する世界伝統医学大全[Traditional… 続きを読む

1 / 212