横隔膜の筋肉痛と太極拳

太極拳の動きは、インナーマッスルが司ります。それも呼吸と連動する呼吸筋が主です。その内、バランス筋と連携している特に横隔膜を使用します。

従って太極拳の功夫の過程は、この部分に筋肉痛を伴うのです。

あらゆる呼吸を大切にするインナーマッスルを使用する武道においては、横隔膜の筋肉痛は、一つの鍛錬の目安でもあり、アスリートが自ら鍛え上げたい筋肉に筋肉痛を絶えず覚えるのと同じなのです。

太極拳は呼吸筋を中心に使った武道であるのですから、呼吸筋の筋肉痛なくして、太極拳をやっているとはいえないともいえます。

もちろん套路でも同じですから、85式あたりをやって筋肉痛を覚えないのであれば、套路では呼吸と共に体を動かしていないことになります。そうであればそれは太極拳とはいえません。

弓道や合気道の高手、中にはヨガやコアリズムやベリーダンス、フラメンコのダンサー、能楽師や日本舞踊の家元なども、稽古の後には横隔膜の筋肉痛を訴える人が多いようです。

横隔膜を多く使用する(腹式呼吸)歌手なども、ボイストレーニングや、長いライブの後には、横隔膜の筋肉痛を覚えます。

日本人は昔から緊張しやすいため、いざというときに力を発揮できないといわれ続けていました。その,克服として呼吸に全てを託す武士道の日本武道があり、太極拳も内丹に基づく吐納法でのいざというときの武道的克服で、不動心や平常心で呼吸をいつでも使えるようにしていました。

中国での徒手殺戮術としての太極拳や、日本の剣術における武士道の精神状態は、いつもが戦の前のようなもので、脅えや恐怖を超越した覚悟です。戦場では、追い込まれてときに少しでも脅えや恐怖があれば当然負けてしまいます。追い込まれたその先にある境地に至った時に、その超越したところで神がかりな動きができるのです。

このように、不動心や平常心、すなわち腹が据わるというところに、実は横隔膜を鍛えるということがとても深く関係しているのです。呼吸と腹を結ぶ横隔膜。そしてその腹が据わった動きを背骨を伝えて全身を動かすために、その要である横隔膜を鍛えるのです。修練するものは、現実的実感としての、腹の据わりを知ることになります。

実戦で追い込まれると、急激に腹が据わった状態になり、横隔膜が強く大きく働き、ゆっくりと腹部あたりが圧縮されてきます。息が詰まるような状況であり、景色が変わります。そして、それに耐えうるだけの横隔膜は、いつもどおりなめらかな動きを強く発し始めます。横隔膜は活性化され解放されます。これが腹が据わるという状況です。

姿勢は自然と、顎をひいて直立するような姿勢になり、気管から肺をふくめた部位と横隔膜が機能的に働き、腰で前に進むような歩きになります。まさに能です。古武術やなんば歩きも同じです。声を出す気合いは、横隔膜を強い発声で強く固めるための方法でもありますが、普段から横隔膜を鍛えてゆるやかに固める方が良いのであり、横隔膜を鍛え抜いている高手は緩やかな息づかいで十分です。このあたりも,腹が据わっているという武道家が気合いを発しないで、「ふん」という含み気合いになるところの理由です。

太極拳などの気功における吐納は、吸気で降下した横隔膜を、逆腹式呼吸でリラックスした吸気によりさらに圧下させ、胸腔内圧を陰圧にすることで自然に空気を肺に流入させるものです。胸郭の横径と腹腔容積を能動的に通常よりも圧縮します。この吐納法で套路や、単練、站椿を含む練習をしているならば、横隔膜が筋肉痛になってきます。站椿などが最も顕著であり、圧縮状態をしばらく保持していると一挙に横隔膜に筋肉痛がやってきます。

すなわち横隔膜を站椿などで鍛えておくと、この横隔膜の筋持久力だけ、息を込めることができるのです。この間はいつも腹がすわっており、太極拳では太極の状況であり、日本の武道では隙が無いということです。

横隔膜の圧下と丹田の圧縮を維持するするための吐納法が、横隔膜に持続的な刺激を与えることができます。蓄勁によって横隔膜は収縮していると平たくなっているので、丹田でその平たくなった横隔膜をバンとたたくように息を吐きながら(吐納法で)発勁します。
体の中心が地面に突き刺さっているような感覚で、その発勁が体幹に伝達され、太極拳のドッシリとした回転モーメントなどに、瞬間的なインパクト時にすべての一連の動作が凝縮されて発勁が行われます。発勁は瞬時に凝縮するので、体幹発動という運動機能の最小限の動きさえ有れば十分です。

このように、体幹や深層筋の重要性は,腹が据わっているということなのです。そしてその腹は横隔膜が担っているということを忘れてはなりません。

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