虚領頂勁(きょれいちょうけい)の一般的な間違い

太極拳の姿勢で要求される虚領頂勁は一般的です。

「虚」は実に対する虚であり、空っぽの意味で、「頂」はここでは頭頂で、「勁」は意識と共にある気の充実を意味します。
頭頂、すなわち頭のてっぺんにひもをつけて空から身体をつり下げ、そのつり下げているところが意識により気が充実しており、全体はただつり下がっているという状態ですが、その頭のてっぺんのとらえ方一つで全く違ったものになります。

もちろん重心は気沈丹田で言う、いわゆる「臍下丹田」(へその下3cmくらいのところ)にあります。この丹田の位置もその場所のとらえ方一つで変わってきます。

日本で普及している太極拳の多くの場合は、頭頂について「百会」という経穴(つぼ)の場所であるとして説明して、太極拳を教えています。
一度自分で、頭の「百会」の場所(体の左右中央を縦に走る線と、左右の耳の一番高い部分を結んだ線が交わるところ)の髪の毛を真上に引っ張ってみましょう。
すると腰の後ろあたりが前にへこみ緊張するのがわかります。このような姿勢でもし太極拳を続けるなら、腰から始まり、背骨や首そして膝までにダメージを与え続けることになります。

日本だけでなく中国でも太極拳を一般に普及させようとするとき、太極拳を武道として修行していないものにとっては虚領頂勁や気沈丹田、含胸抜背は形式的な姿勢を表す言葉でしかなく、その本来の理由を説明することができませんでした。
そのような中で中国はもとより日本では、そのような間違った姿勢でも身体をこわすことがないように安全策が練られた上、太極拳は広く普及しました。

この虚領頂勁を説明するときには、気沈丹田と含胸抜背とは一体として説明する必要があります。

そこで、最近の日本のテレビで放送された太極拳に関する放送の中で話されたエピソードを取り上げて、いかに太極拳修行者がこのような四文字熟語を、その言葉の表す表層のみで理解しているかがとてもよくわかります。
つい最近ですが、2010年6月22日(火)にNHKのBSで放送されたアインシュタインの眼「太極拳」の中で、キャスターに元プロ野球選手の古田敦也氏と、ゲストに斉藤 孝氏(明治大学教授)、李 徳芳氏(日中太極拳交流協会教授)を迎えて、健康増進効果があるといわれる人気の太極拳を、色々分析している中でのエピソードです。

斉藤 孝氏は健康太極拳を習っているらしく、太極拳の重要な要求と言うことでこの虚領頂勁を取り上げ、一般的に知られている百会のところをまっすぐ上につり下げられているような感じで立つ姿勢が虚領頂勁で有ると説明しました。
ところが、それを受けて古田敦也氏は怪訝そうな表情で、野球においては背骨を中心にして身体を回転させると教えられ、それを実戦してきたと話しました。
古田氏は経験で、実際に頭のてっぺんを百会として、身体をつり下げると背骨に大きな不自然さが生まれることを知っていたからです。もちろん私たちも知っています。実際に太極拳を武道として使用すればすぐにわかることです。

又、この会話の前に李 徳芳氏が太極拳が武術であることを説明するコーナーがあり、古田氏は他のキャスターに促されて李 徳芳氏に左の冲拳(ストレート)を打ち出したところ、李 徳芳氏はそれを手揮琵琶の手法だと言って両手で挟み込んで、「これが武術です」と発言したことに対して、古田氏はとても怪訝そうな顔をしていました。
確かに李 徳芳氏の左の冲拳(ストレート)を両手で挟み込んで手揮琵琶の手法と説明していたのには、私たちも一般的にはこのようなものであると間違って普及していると知っていても、テレビで紹介すると言うことについてはとても残念でした。古田氏はこのことから、太極拳に対して何らかの疑問を持ち始めたようで、その後のこの斉藤 孝氏の発言にも即座に反応したのでしょう。

そのような怪訝そうな古田氏の発言を受けてすぐに、李 徳芳氏も古田氏の心情を察してか、斉藤 孝氏の発言を補うように、太極拳ではそれも大事ですと言ったのですが、虚領頂勁と含胸抜背は一体であるというのに、これでは、まるで別々のものであると言っているようです。

実はこの虚領頂勁と含胸抜背は、先にも話したように一体なのです。これは誰が考えても当然です。虚領頂勁をして含胸や抜背が出来ないはずもないし、含胸抜背して、虚領も頂勁も出来ないはずがありません。平たく言うと、虚領頂勁が頭で、含胸抜背が背で、そして気沈丹田が腹であり、太極拳の姿勢を全体で表しているに過ぎません。
ここで、斉藤 孝氏のいう虚領頂勁は、古田氏の言う含胸抜背とは違うものなのです。それではどちらが真実でしょうか?言うまでもないはずです。
古田氏の言うように、太極拳は背骨がまっすぐ一本になってそれが中心になり上下に貫かれている状態が抜背であり、おのずと含胸になります。
太極拳をなまじ学んだものが誤ったことを語り、太極拳を学んだことはないが、実戦で活躍した野球のプロが真実を語っているのは面白い話です。
そのようにすると、背骨が一本のまっすぐの棒のようになって、最も小さな円でウエスト(日本で言う腰ではなく)の部分を柔らかく回転させるのです。

イチロー選手であれ、古田選手であれ、王選手であれ、力を使わない強打者そして、守備においても柔らかな俊敏さを持つものは、必ず胸を含み、背骨は真っ直ぐになっています。

そしてその人達の頂勁は、百会というつぼの後ろにある後頂というつぼのある場所です。後頂の部分を真っ直ぐ上につり下げるような姿勢であり、あごが引かれ、不謹慎ですが、ちょうど首つりのイメージで、後頂をつり上げている感じです。例えば、そこから背骨を真上にすっとひっこ抜くことが出来るような場所です。その自然なつり下げが、含胸抜背を生み、重心があるところが丹田です。気沈丹田も虚領頂勁もこのように一体であることはおわかりいただけたでしょうか。

これが全て整合性がないところに太極拳の姿勢における真実はありません。姿勢は結果であり、古田氏のように実戦の中で到達した結果なのです。

多くの人は太極拳を姿勢から入ります。大きな間違いです。姿勢は自然な動きとその洗練による結果です。それに過ぎません。それを知らずして、姿勢だけをいくらまねても、下手をすると身体をこわすだけです。又は、安全域の姿勢を身につけて、安全でない時を迎えて大きなけがをすることになるだけです。

プロ野球の選手だけでなく、基本的な自然な動きを忘れて、力に頼るものは身体の故障に悩まされます。健康のために太極拳をするのなら、それこそ、一生涯の共とするなら、必ず太極拳の武道としての基礎をしっかりと身につけないといけません。

よく、うなじの力を抜いて頭頂の百会というツボが天から吊されているように意識して動く事と、太極拳教室の先生が教えますが、安全域だからこそまだ大丈夫なだけで、しかしながら少し慣れてくるとを知らず知らず安全域を超えて、すぐに腰や膝が壊れます。

重力に逆らわず誰かにひっぱられているように動くことなど、背骨がS字になって重力と戦っている内は不可能なことですし、むしろそのように動くことで背骨は悲鳴を上げています。

もちろん背骨が力一杯頑張っているので、身体の余分な力が抜けるわけがありません。

百会でつり下げると、後ろに傾いた頭を前に無理に起こし、首が緊張し、後ろに反り返った背中を前に無理に押し出そうとして、前にせり出した腰を後ろに戻そうとして一生懸命な身体に、首から上を自由にすることなどは不可能で、身体軸が保たれることも、体全体のコントロールが自在になることもありません。このような状況下で太極拳のような複雑な動きをして、身体をこわさないわけがありません。

又、百会はヨガでは第7チャクラと呼ばれており、この場所は完全に放松(リラックスみたいなものであるが少し違う)しておくことが重要です。百会は大切な場所で武当派太極拳においては頂上の目と言われる場所です。いつも風をとおしておいてさわやかにして、周辺の気を感じ取る大切なセンサーの場所です。百会自体に勁を生んでつり下げてしまうと放松ではなくなり、身体全体が緊張状態になります。やってみるとすぐにわかります。

太極拳の虚領頂勁の頂も、百会というつぼの後ろにある後頂というつぼのある場所です。後頂を真上に引っ張ったとき、後頭部のくぼみにある唖門というつぼが平らになり、紐が引っぱられるように背骨が真っ直ぐになります。後頂に意識を持っていくと、あごは軽く引かれます。放松した身体は意識の上で、気沈丹田と上下相反する勢によっての拉開(引っ張り合いながら開く)が意識されます。

このように、太極拳は実際の体験によって姿勢が身につき、そして完全な放松を得ることが出来ます。

生理学では、中枢神経に良い影響を与える方法は、全身を緊張させず、安静にすることです。すると、全身系統、各器官の機能を向上させることが出来ることは定説です。

太極拳では、かたちや姿勢が正しいというだけではなく、その内側においても放松していることが大切です。太極拳では放松は自然という意味となるからです。ですから、まず内側からわき出てくるように姿勢ができあがらないといけません。内側が外側の不自然さを教えてくれますから、四文字熟語にとらわれることもなくなります。

太極拳を習われている方、又これから始めようとする方に、参考にしていただければと思います。

又、太極拳に興味のない方も、一度、虚領頂勁や気沈丹田、含胸抜背の自然な状態をご自分で体験されることをおすすめします。お風呂上がりなどに、ただそのようにリラックスして立って10分ほどじっとして全身を緊張させず、安静にしているだけで、きっとその後の深い眠りに役立つはずです。それと、その時に、舌を軽く上あごにつけて、唾液がたっぷりと出るように意識してみます。それを飲み干します。内丹術と言われる自分で自分の身体を調整する方法の一つです。

このような、太極拳の術法は、太極拳が健康におおらかに生きるための一つの方法であることを物語っています。

健康のためにも、太極拳には太極拳だけの独特な手法が有るなどという考えは捨てて、広く、例えば古田氏のような実践的経験などの多くの事柄からも、太極拳に通じる普遍性を探り続けることを太極拳を習われている皆さんにお勧めしたいと思います。

それでは、皆さんの自立した健康と幸福を願って。。。

最後に虚領とは自然で故意ではないという意味もあります。

“虚領頂勁(きょれいちょうけい)の一般的な間違い” への1件の返信

コメントを残す