太極拳練習に準備運動はいらない。

どのような運動でも武道でも、準備運動というものを行います。

太極拳も練習の前には準備運動をおこないますが、実際に武道として太極拳を使うということを考えると、本来準備運動はいらないのです。

まず、太極拳の練習の前には、経絡を刺激する運動として、指龍という、五指を動かして体の気の通り道、経絡とその通過点の経穴の緊張をやわらげる準備運動を行います。

しかし、指を動かすだけなので、これが準備運動かというほどのものです。指龍は、厳密に言うと朝起てから、畑仕事やちょっとした家事、朝ご飯の用意をするときに、柔らかなリラックスした動きをして経絡がなめらかに刺激されていればいれば、もう練習を行う前には必要のない準備運動です。朝起きたときから自然と準備はできているということになります。

又、甩手と言う準備運動も行いますが、これも全く指龍と同じです。朝起きてリラックスして自然に身体を動かしていれば、甩手をしているようなものです。ただこの無為自然という身体の動きがなかなか実感することができないので、太極拳の套路などでその動きを思い出すことが必要なのです。

普段の日常生活で、普通の場合は、朝起きたときから緊張を含む動きがすっかり身についてしまっています。これらの緊張の動きは全ての病気の元凶でもあり、そう簡単にその癖が取れるものではありません。

太極拳を長くやっていると、自然なリラックスした動きとはどういうものか理解でき、上達するとそれが身につき、最後には当たり前になります。

しかし、まだ無為自然な動きを思い出していない内は、太極拳の動きを使って指龍や甩手などで経絡の緊張を緩和します。

このように、太極拳の練習をする前に行う準備運動は、本来は日常生活で朝起きたときから自然とされているはずのものなんです。

ただ、誰もがそのようにできているとは限らないので、練習前には全員で指龍と甩手を行いますが、実際に太極拳を武道として使えるようになるためには、朝起きたときから、もっというと、寝ている間にも経絡や筋を無為自然でなめらかな活性化された良い状態に保っていることが大切です。

本来は、準備運動などしなくてもすぐに練習に入れるというのが理想なのです。

このように太極拳の準備運動は、柔軟運動などではなく、経絡と勁道のなめらかさを呼び起こすもので、いつもそうであるなら必要がないものです。

太極拳などの武道でもし自身を守るとき、いざというときに準備運動をしていたのでは間に合わないのは当たり前です。

太極拳の動きは、何も相手が人間でなくても、例えば自転車がぶつかってきたとき、階段で押されたとき、地震にあったとき等々、色々な事故に合ったときに役立つ動きです。

準備運動で暖まった体でないと使えないような武道では意味がないと言うことです。普段の状態の体で使えるのが太極拳なのです。

太極拳では、徹底的に無理な力を抜き、自然な状態で力(勁)の出やすい状態を思い出しておきます。

肉体をほぐしたり、筋をのばしたり、身体を温めるための準備体操をしてから、太極拳の練習をすると、それが癖になり、そうでないと十分な動きができなくなるという弊害が出てきます。

それは、肉体がほぐれていない時とほぐれている時、 身体が暖まっていない時と暖まっている時、筋が伸びていない時と伸びている時とは、全く使う筋肉や神経系統も違うからです。

スポーツや格闘技では必ずといっていいほど準備運動が必要です。

しかし、武道はスポーツや格闘技の競技や試合のようにその時まで待ってはくれません。いつでもどのようなときにでも同じように動けないと意味がないのです。普通でない、例えば身体が暖まったり、筋がのばされたり、肉体をほぐしたりした後の心身は特別なものであり、本来の人間の普通の機能とは違って、いずれ衰えたり消滅していくものです。

このように、変化しない普通の状態でできるだけ多くの練習をするのが太極拳です。

私たちが、歩く前に準備運動をしないように、当たり前の普通の状態をしっかりと思い出しきっておくだけでいいのです。

その練習が太極拳の練習なのです。ですから太極拳の武道練習はいくらでも楽しく練習できるのです。そして疲れないのです。

普通の状態で練習する、だから準備運動は本来は必要がないということです。普通の状態でないから普通の状態に戻してから、いわば緊張状態でないようにするのが指龍や甩手なのです。

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