太極拳の大周天

最近のネイチャー誌で「人間は、量子の世界を直感的に理解できる可能性があることを示す研究結果」が発表されました。

この論文にあるように、量子世界を直感的に理解するという観点で太極拳を捉えてみます。

武当山の太極拳では、大周天と言う内丹の技法で、重力とその反重力の作用を「天地人」の三体(三才)にて表し、その気の流れを把握して、直感的にその感覚が得られるように修行します。古代の太極拳(内家拳法・太極拳法など)では、気の流れはいわゆるエネルギーという粒子が波を起こし働くものであり、それを折畳という波動として捉え、粒子の感覚を鼓蕩として捉えていました。このように、感受性を研ぎ澄ます太極拳は、気というものを直感的に捉えて理解できていたのです。

大周天は体にかかる重力を地の気として捉え、それに反する反重力を天の気として捉え、その中間にいて絶妙のバランスを保ち、天地との量子の世界にありのまま当たり前に融合し、最も効率がよく自然な動きができる人間としての量子の世界を直感的に理解して思い出させるものです。古式の楊式太極拳のような大架式を修行すると、この大周天の感覚を直感的に捉えながら動くようになります。

その他にも、太極拳における多くの修養法は、その微細な粒子な波である気勢を直感で捉え、それを理解し、自分の潜在能力とリンクさせ、融合していくメソッドが溢れています。

太極拳の節節貫穿は人間の細胞よりも微細な、体内の分子や原子などの働きに目を向け、不可知な物質としてその感覚を捉える、内丹の思想をとりいれたものです。一歩間違うと、超自然的な考えに見えがちですが、気を含め、原子に含まれる電子や陽子などの陰陽の関係までも、太極というバランスで成り立っていると考えていました。

これは、太陽の光を見て粒のように見えたり波のように見えるという視覚的なものでは無く、人間の潜在能力に刻まれた直感的な不可視や不可知な現象に対する感覚です。第六感などもそうでしょう。ネズミなどは大地震が来る前に、安全な場所へ避難するなど、多くの動物の潜在能力にはこの直感があたりまえに重要な能力として働きます。

このような能力が、人間の遺伝子にも刻まれているのは、あたりまえと言えばあたりまえですが、それを感じ取る感受性は相当なレベルまでクリアにされないと感じることも不可能と考えていました。そこで、還虚という内丹の最終段階では、後天的な感覚を全て取り払い、純粋な人間としての先天的な感覚だけに戻ろうとしているのです。

そこまで戻れば、そのような感覚が取り戻されることは、座禅などの科学的研究でも明らかになっています。

古代では、現在の科学的な説明から見ると、内丹における説明は観念論的に展開されていますが、当時においては、経験的な実証を認識論的に描いたものであると考えられています。

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