武当山に似ている摩耶山で、太極拳の稽古を毎日受けていた日を思い出します
おはようございます。
私が25才の頃、王師との待ち合わせは、朝の9時に、神戸の摩耶山のロープウェイの駅で待ち合わせで、それからロープウェイで頂上まで行くこともあったり、その付近の王師が知る秘密の場所で、朝から太極拳を学びました。
半年ぐらいはほぼ毎日で、もう、あたりまえのような日課で、周辺のホテルに泊まったり、有馬温泉に泊まったりすることもたまにありましたが、家からは車で40分ほどでしたから苦にはなりませんでした。… 続きを読む
今回は、この抱掌の内、抱球勢によって相手と連なり、まるで玉を転がすような奥義を稽古しました。
大阪で、20代後半に、王師と共にクラブの女性に護身術の手ほどきをしたことが有ります。
毎日の稽古は、武当山で行われていた稽古と同じ模様で、今の武当山ではなく、崩壊前の武当山には武当道派があり、その結社として黄金蓮結社が中国全土の市中で活動していました。
18才ごろから働いていた、大阪ミナミ(現中央区)の宗右衛門町ダイヤモンドビル6階のサパークラブ「クレージーホース」。

『無根樹』は、武当山にて古代からの太極功を太極拳として集大成した張三丰によって書かれた詩で、24章から成り立っています。張三豊はこの詩的な内容は、側近の者にしか理解できなかったため、更にかみ砕いて、無根樹100首を創作して、来山社や太極功(太極拳を含む太極道法の全て)を習う者達に配布しました。例えば、無根樹100首の第1首は下記のとおりです。