言葉。言の葉。言の葉はとても不完全ですね。言葉で全ての経験を伝えるのには、本当に不完全です。
道には名前すら無い。このとおりです。だから、太極拳で道を経験する。例えば、言葉。その言葉の一つ一つに本体と作用があります。
本体とはその言葉を発した心。その言葉がそのまま作用。
太極拳なら、意が本体。そしてその意が起こす勢が作用。
言葉の本体と作用を分けて見る。すなわち言葉自体にはその心がある。その理由は言葉では表せない。
すなわち勢自体にはその意がある。その意は勢では表せない。
言葉をいくら繰り出しても、それは本体では無い。単なる作用。
ありがとう。ありがとうと言ってもそれは作用であり。本心である本体は見えない。
本体を知るには全体を知ることです。すなわちその言葉を発している人を知ることです。
その勢を出した人の、意を知る人が勢の本体を見据えるのです。
言葉が言葉として作用として現れ、その言葉の本体が見える。
勢が勢としてさようとして現れ,その勢の本体が見える。
作用は自ずから生まれてくる。
作用は作用。本体は本体です。そして同じものである。