日月穴「点穴術・拿穴術」

日月穴 日月穴は交感神経系の人体の働きに関係する気の制御を行う。日月穴は肺までの組織が最も薄い場所であり、ここを的確に打つと肺に勁が突き刺さる場所である。肺に直接勁が及ぶと、交感神経系の末梢である胸随にある神経が鈍麻し、心拍数が遅くなり血管が拡張し血圧が下がる、気管支筋が緊張し同時に息が吸えなくなる。精神は飽和状態になり、目と意識がもうろうとする。兪穴である胆兪穴を点穴で打つと、交感神経系の末梢である胸随にある神経が興奮し、心拍数が早くなり血管が収縮し血圧が上がる、気管支筋が弛緩し同時に息が吐けなくなる。精神は緊張状態になり、意識が散乱し目が見開かれる。どちらも息が詰まったような状態になる。日月穴への点穴や鑚脚は肺に損傷を与えることもあるので、仕合や練習では必ず二重構造の胴を着用して行わないといけない。この場所は無意識でもたまたま良く当たる場所であり、経穴も広く入りやすい。注意が必要である。
当て身として行う場合は、直接経穴を打つのでは無く、その経穴に刺激を与える程度で行う。そうすることで、息を詰まらせたような効果的な虚を作り出せるから、そこで即座に擒拿術や摔角などを行い相手を制御する。これも死穴、暈穴、唖穴でありむやみに蹴ったり打ったりしては行けない場所である。最も恐いのはたまたま当たり角度もでき上がる場合がある。肺気胸などの急激な症状も出る場合があるからどちらにしても、危険な場所であることを知っておく必要がある。知っていれば、事故が起こらないように注意しながら練習ができるというものである。
日月穴及び胆兪穴は、このように人体の交換神経系に作用して虚実を司る。正常であれば、日と月のように明るい気、すなわち活動的な気を、夜と昼すなわち陰陽の中で融合させているため、活動的な気は表象には現れない。しかし、日月穴に気が滞っている場合は、陰が際立ち、元気がなくなる。兪穴の胆兪穴に気が滞っている場合は、陽が際立ち、闘争心が際立ち浮き足立つ。活法はその反対の作用にて正常な状態を作り出すことができる。正常であれば、虚実は表象には現れない。これは、楊式太極拳の暗勁という重要な技法に必要な気の状態である。活法の場合は、拿穴にて行う。日月穴を活法として拿穴すると、興奮していたり、よく眠れなかったり、いつもイライラして、心拍数が多く、高血圧気味で便秘、いわゆる交感神経系が過剰な疾患の改善に役立つ。胆兪穴は逆に元気が無かったり、やる気が無い、溜息が良く出るなどの鬱状態を改善する。活法では三焦経の募穴の石門穴や兪穴の三焦兪穴などと合わせて、交感神経の興奮と緩和を用いながら、その相補関係により副交感神経系の調整を行う事もできる。例えば花粉症などのアレルギーには胆兪穴、三焦兪穴などを拿穴し、眠れなかったり、落ち着かない場合は、日月穴や石門穴を拿穴する。

■点穴術と拿穴術の招式(運用法)

※門下の自宅稽古のために、練習済みの運用法をおいおい掲載するようにしています。

中脘穴「点穴術・拿穴術」

中脘穴 中脘穴も体の腹側の正中線、任脈にあり、場所は臍の上4寸程度である。任脈にあるので、ここも死穴である。任脈には多くの急所が集まるが、そこには、脳神経の中で唯一腹部にまで到達する迷走神経がある。特に体にとって重要な役割を担うため、体を丸めて守ることができるようになっている。中脘穴はその迷走神経の腹の部分にある要である。心拍数を調整したり、血管の拡張、胃腸の蠕動などを司る、内臓の運動と副交感性の知覚の為の重要な神経である。胸とは違い腹は腹筋があっても、直接内部に拳脚が到達するため、強打すると内臓を損傷したり、それを守る為急激に迷走神経が暴走する。血圧の急激な低下は気を失い、死を招くことがある。
 当て身としての適度な点穴は、衝脈を通じて丹田に集まっていく気をここでせき止め、逆流上昇させる。気が上昇し、下半身の動きを止める。気が上昇するので、のぼせたような感じになり、驚きやすくなり、視界が狭くなるので、虚が生まれる。心臓がドキドキし、急激な不安が訪れ平常心を無くす。
 中脘穴は宗気を司り、衝脈を通じて腹の下部へ気が降りないため、胃や腸での消化不良が起こる。腸では便秘となる。活法として拿穴すると、そのような胃腸の改善と共に、気が上昇しすぎたヒステリーや精神錯乱、パニック、興奮、ストレス障害などを改善する。眠れないで食欲不振の時はここが効果的な経穴である。基本は拿穴である。しゃっくりもここを拿穴すると良く止まる。
 兪穴は胃兪穴であり、活法としての拿穴は、下部へ気が降りすぎて、胃では胃酸過多、腸では下痢、上半身の気が下りすぎてやる気が失せたり、鬱状態になっているときにはここを拿穴して改善する。夏ばてなどにはここを拿穴する。ここを点穴術で拿穴すると、腕が上がらなくなるほどのダメージがある。又逆に、中脘穴への拿穴は脚が動かなくなる。このような相関関係により点穴術を理解するのは、武当派の太極拳の特徴である。
 このような募穴と拿穴関係を理解しておくことで、套路を行うときに、自分の気の状態を量ることができる。同時に、太極拳の動作でそれを調整できる。気の状態が正常になると、内丹も正常になり、心身の健康は著しく維持される。楊式太極拳では行気と、点穴術の技法は不二であり、気が巡る套路は、そのまま点穴術の熟練に役立つ。
 即ち、套路を行気満ちて、気順が行え、三節三尖で勁を発することができて、点穴術も最低限行えるのである。

■点穴術と拿穴術の招式(運用法)

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天枢穴「点穴術・拿穴術」

天枢穴 天枢穴は先天の精と後天の精をつなぐ架け橋の要である。先天の精は人間が生まれながらにして持つ、生命体としての生理機能であり、後天の精は生まれてから身につけた心身の性質である。先天の精の要である自律神経は、後天的な人間の性質によって大きく左右される。この天枢穴を点穴すると、自律神経の要所であり、第二の脳と言われる太陽神経叢に対し陰の刺激を与えることになる。副交感神経系の暴走が起こり、血圧の急激な低下とともに、胃や肝臓・すい臓、腎臓などの重要な臓器が機能低下する。持ちろん大腸も機能低下するが、それよりも自律神経のバランスが一挙に狂う。
活法として拿穴すると、興奮していたり、よく眠れなかったり、いつもイライラして、心拍数が多く、高血圧気味で便秘、いわゆる交感神経系が過剰な疾患の改善に役立つ。様々な有益なリラックスホルモンを生み出す。お腹をさすると落ち着くのはこのためである。拿穴は背中にある大腸兪穴であり、逆にやる気が出ない元気が無い、うつ気味、げり気味などの場合に掌打又は拿穴にて改善する。
この経穴への点穴の狙いは戦意を喪失させることにあるが、軽く点穴した場合でも、意識がもうろうとし吐いたりするなどの急性的な症状が出る。上丹田である泥丸の中には視床下部があり、ここと連携して自律神経を管理しているため、天枢穴を打つと、生命の危機に似た不安感が急激に襲う。即ち、これで戦意を喪失する。自律神経は生命を維持する重要な臓器の働きを左右するからだ。大腸兪穴は逆にアドレナリンなどのホルモンが出るような緊張度を生み出す場所であり、凶暴性を増し、緊張度を高めるため逆に生命の危機に値するような恐怖感が現れる。太極拳ではこの場所を点穴することで、相手の動きを緊張させ、心拍数を増幅させ、焦らせたり、近視眼的に短絡的にして、相手の虚を作り出し、相手を制御する技法もある。背面の攻撃においては、他の兪穴も同じようにして使用する。
活法では天枢穴を拿穴して精神的に自信を生み出す技術がある、この場合は、自分にでも行う事ができる。又逆に、大腸兪穴に対して拿穴を行うと、精神的に自我が高まるようなやる気が出てくる。この双方の募穴と兪穴のバランスが整っていると、精神は健全である。太極拳の坐法で導引を行う。
最後に、太陽神経叢の中心に向かって正確に強烈な点穴を行うと、神経原性ショックにより迷走神経が反射して、急激な血圧低下により死亡する場合がある。危険な場所である。この点穴術も打ち方があるが、その危険性を知らずに、たまたま角度と深さが一致すると危険であるから、腹部には必ず二重構造の防具を纏って踢脚などの攻防を行うべきである。この場所を打つ又は蹴ることは、当て身として有効であるが、場所をずれると大動脈、すい臓や肝臓などの重要な臓器があり、損傷させると取り返しの付かない事態となる。

■点穴術と拿穴術の招式(運用法)

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期門穴「点穴術・拿穴術」と腎

期門穴 経絡のネットワークは腎から始まり腎で終わるが、十二の経絡の流れで気穴に流注していた気は、正確なリズムを持ってこの期門穴への流注で最後となり、次に腎へ向かい章門穴で気の流れを治めながら、京門穴から腎へ気が流れていく。

期門・章門・京門は体の気のネットワークにおいて、期門は経絡全体の気の昇降や、経穴からの気の出入りの正常なリズムのようなもである気機を司る。止まること無く、運動し続ける活力である気の、そのリズムを狂わせると、体全体に気の統一感が無くなる。そわそわして、落ち着きが無く、不安で、少しのことにも怯え、心臓や肝臓の疾患にもつながる。鬱状態などが極まるだけで無く、よくつまずき、足元がよろつき、情緒不安定で、自分の体が自分で無いような感覚になる。様々な症状が全身に起こる。又ここは詳しく紹介する。

この場所への点穴は、ただ打つだけでは行えない。ここは、経穴が浅く小さい場所で、特別な打ち方があるが、強烈な痛みがあり、不整脈などを招くのでとても危険な場所である。ここへの点穴は適度に行えると、相手の戦意を著しく消失させることができる場所である。話すのもままならず、もうろうとして戦意を喪失する。唖穴・暈穴となる。しかし、的確に点穴すると、一斉に気が乱れ、不整脈や徐脈などの重篤な症状を招くので、むやみにこの場所への、特に踢脚などの鑚脚は行わないようにする。どちらにしても、二重構造の胴をつけず、太極拳の踢脚などを本気で蹴り込むなど、相手を殺しても良いという故意に等しいものであり、絶対にやめるべきである。

気機の乱れ方には虚実があり、活法において、期門は虚を担当する。すなわち、リズムが速く乱れている場合、心臓で言うと頻脈、それに伴う不整脈の場合などに、緩やかにして正す。兪穴は肝兪穴であり、逆にリズムが遅く乱れている場合、心臓で言うと徐脈、それに伴う不整脈の場合などに、速くして正す。どちらも拿穴を行う。
期門は気のリズム、章門は気の流れ、京門は気の強弱と覚えておく。
そして腎は言うまでも無く、先天から受け継いだ生命力そのものの気が宿る場所である。ここはボクシングでもキドニーブローといい反則とされている重要な場所である。太極拳の擺蓮脚、下勢打虎などはここを直接狙う。ここの皮下組織は薄く、腎臓に直接、勁が届き外傷を受けやすいので危険な場所である。腎不全などの症状を起こすと、軽い場合は、悪心と嘔吐程度であるが、重度の場合は、けいれんや昏睡を招き、死亡率は50%である。又比較的軽い打撃でも、腎は内分泌系や免疫機能など全般の機能低下に繋がり、生命維持に重要な場所であり、ここの障害を持つと一生涯における生活の質を低下させる。それほど重要な場所であるから、肺と同じく二つあると言っても良い。ここを強く打つと、7年後に死ぬと言われる場所である。一挙に老化が進み、免疫力低下のため、がんなどの病に冒されやすい。にもかかわらず、巷では回し蹴りらしきものを多用した仕合や練習を見るが、通常の防具では背中側の腎は守られておらず、当たりどころが悪ければ、重篤となる。しかしながら、本気で蹴っても、巷の回し蹴りは蹴りがさほど強くない場合がほとんどで、重篤にはならないが、万が一当たり、後に腎臓に障害が出たり、免疫機能が落ちたりなど、体に支障が出ても、もう後の祭りである。太極拳には搬という腎を守る為の技術はあるが、またそれをかいくぐって打つ技術もある。太極拳を真に学べば、その腎、及び、京門、章門、期門などの経穴の周辺を、本気になって練習で分脚や踢脚、擺蓮脚で蹴り込んだり、下勢打虎などで打ち込む仕合や散手練習など恐くてできなくなるのが本当のところである。
腎には先天から受け継いだ気が宿り、肺にて自然界に存在する清気を後天的に取りいれ、脾臓において飲食物から栄養素を体内に後天的に取り入れて、生命を維持するのである。その土台である腎を崩すわけであるから、これは生命をじんわりと絶ったと言っても過言では無い。実際に腎を強烈に打ったり蹴ったりする技術があることを知れば、たとえ防具を着けていても、腎を守ることなく、安易な仕合や散手練習は恐ろしくなるはずである。愚かなことはもっとも恐ろしいと言える。

■点穴術と拿穴術の招式(運用法)

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章門穴「点穴術・拿穴術」

章門穴   章門穴は脾経の募穴である。第11肋骨前端の下際にあり、鑚打を打ち込むと、全身の経絡の気が逆流する。即ち、気が逆向きに圧力が高まり、体中がこわばる。息が詰まって死ぬこともある。体中がこわばって石のようになるから、とても脆くなるので、軽い点打は当て身となる。虚を作り擒拿や摔角などの把式を行う。解穴である対応する兪穴は脾兪穴である。章門穴を拿穴すると、体の内に内勁を高めることになり、気が早く巡って内勁が薄れている場合、即ち気力が失せている場合にはとても有効である。抑鬱状態や心身症、精神疾患などの改善に役立つ。又こわばりすぎて、内勁に気が溜まりすぎて、体が硬くなっている場合には、脾兪穴を拿穴する。気が体内で停滞して高まり、体の節々に痛みが生まれたり、怒りが心頭したりする場合の治療に有効である。その人の証を見て適切に点穴又は拿穴する。募穴と兪穴の関係はその間に100円玉の直径ほどの管が通っていると思えば良い。套路などの高度な練習方法では、その間を勁が行き来する。拿穴はその間を実際に勁を行き来させる。点穴は、その間に真っ直ぐ発勁を打ち込む。そうでないと効くことも無い。龍脈と言い、武当派においては重要は実践理論である。
 これだけ長い間、太極拳に携わっていると、今までにも、点穴などの情報を公表することは誤用などを招くと危惧するものも多い。そのような者達は、ただ点穴術の実践を知らないだけで、多くは知識に偏っている。多くは漫画である。点穴の知識をいくら公表しても、おいそれと漫画のように、人の急所に有効に効くことなど無い。今やインターネットを見れば、点穴に関する情報は怪しいものから正確なものまで、論文を見れば、もっと詳細で専門的なものまで、本当に多く氾濫する。いくら知識を得ても、三節、三尖、虚実、蓄発、無用の用などなど多くの事をしっかりと習い、その上で心を練り、その働きでそれを実践できて初めて点穴術を行えるのであり、情報を見たからといって誤用などあり得ない。浅はかな点穴術を知識で得たものは、知識を知ったからと言って誰でもが行えると思うのだ。自分がそうだからである。偽物の整体師や点穴術師はそのようにして見破る。点穴は、そんな生やさしい、安易なものでは無い。そんなに安易だから、人にも安易にそれを行おうとする。とんでもないことである。それよりも、人間の体には生死を左右する急所が多くあり、点穴術をしっかりと実践的に学んでいないものは、むやみやたらに人を叩いたり、蹴ったりすることが無いように、その怖ろしさを説明する必要がある。日本の少林寺拳法は点穴の場所などとその効果などの情報は、誰しもが知り得ることであるという前提である。しかし、その実際の運用は多くの事をしっかりと学び、ある程度の人格と段位を持たなければ、その運用法を教えることは無い。これで良いのである。私のところも同じ立場である。中途半端に点穴を学び、中国拳法を教えたり、整体などの業をしているものの一部には、点穴を実際知らないものがほとんどで、その者達は点穴の情報を公表することに怯える。自らが知識だけで点穴や整体を行えるため、誰でもが知識さえあれば使用できるように思うからである。少林寺拳法の姿勢とは正反対である。とても危険な行為であり、そんな浅はかな点穴知識だけで人の急所に拿穴してもらっては困る。日本にはそのようなものが驚くほど多い。効かないだけなら良いが、過信して、知識だけで闇雲に行われたのなら最悪である。拿穴はじんわりと体の対応箇所に障害が出る。
人に点穴術を行ったら、その人の体には障害が残る。拿穴は相当な技術が無いと、深部まで到達しないから、これはあまり心配ないが、中には興味半分で知識を得て、得意げに自己を顕示するために人に無理矢理施すものもいる。それで何かあったら、そのようなものは傷害事件として告発するべきである。人をむやみに叩いたり蹴ったりすると、たまたま、急所に深く入ることがある。これが一番危険で、最近の青少年の無感覚さが拍車を掛けて多くの傷害事件が横行する。人間の体は、とても脆く、人は簡単に死ぬことを知らなくてはならない。それが点穴という基本的な情報で有り、人間のあたりまえの身体の仕組みである。万が一誤って、その急所を叩いてしまったり、また自分がそこを打ったりした場合、解穴術を知っていることも良いことである。又体の調子の悪い場所を癒やす程度であれば知識程度の拿穴でも役立つ。又、自分の急所を知っていれば、その急所を少しは守ることができる。これなら知識程度でも十分有益である。

■点穴術と拿穴術の招式(運用法)

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巨闕穴「点穴術・拿穴術」

巨闕穴 経絡は心経であり、任脈にある。募穴であるので、解穴はそれに対応する兪穴、心兪穴となる。督脈は神道穴を使用する。点穴はある角度と、高度な運用を行わないと、そう簡単に深部に到達しない。拿穴も同じである。金的においてもそうである。急所とわかっていても、ただ蹴った程度では、極度に痛いだけである。しかし、金的は死穴である。いざとなれば、点穴術を使用して蹴ることができるのは、普段の練習の賜である。そう簡単には教えない。だから正しく知り、むやみに人を蹴ったり、叩いたりしないことである。極論を言うと、殺されそうなときにだけ使用できれば良い。その運用法は、いくらでも急所を突かず練習ができる。技術よりも大切なことがある。それを知らないと、そう簡単に点穴の基本の基本を知っていても、いまや、ネットを見ればこのような基本情報はすぐに入手できるが、実践法を知らないのであれば、そう簡単に鑚打など打てるものでは無い。活法にしても拿穴にしても、そんなに簡単にできるのであれば、何も専門学校で学ぶことも無い。実際に、習っても指圧や整体を業としてやった人ならわかるだろうが、高度な発勁(拿穴)を身につけていないと、爪、手の指、手首、体中の関節を痛めるのが実際である。又は全く効かない。

太極拳の套路も、この募穴と兪穴の関係が理解できないと、陰陽における太極の理はわからない。どちらにも偏らず、又両極に偏らず、いつもその両極の内で混沌と動きをなめらかにすると言うことである。明確な自分の身体の虚実を実際に経験してこそ、放鬆という太極の状態を実践できる。だから、経絡と経穴をしっかりと学ぶことは、行気を含め大切な太極拳の修行である。ここでは、その観点に立って、点穴を紹介している。又、むやみに人を叩いたり、蹴ったりしている人がいるのであれば、その人たちこそ、しっかりと点穴術と拿穴術を深くまで修行し、それからにしてもらいたい。そうすれば、正常であれば、人を叩いたり蹴ったりすることが恐ろしくなるはずである。子ども達にも是非知って欲しいほどである。人の体をむやみに叩いたり、蹴ったりすると、取り返しの付かないような場所が多数あることを、自分の体を拿穴しながら知って欲しいものである。拿穴を三節、開経、虚実などの技法ですすめると、その先には死があることを知る仕組みになっている。私たちの点穴術はそれを教える。うちの門下たちは生死が紙一重であることを、誰よりも知っている。だから皆とても強くて優しい。私が、そこまで、実際に経験させることができるからである。

特にこの巨闕穴は角度によって、心臓を直接打つことができる。腹を打って気絶させたり、後頭部を叩いて気絶させるなどの、映画やテレビでやっているような事をまねする前に、この点穴術の生死、即ち陰陽の基本を知り、相手に取り返しの付かない障害を残すことを知るべきである。心臓を直接打つと、心拍は減少し気を失う。即座に背の神道穴を掌底で打ちたたき、心兪穴を拿穴する。心臓がドキドキして脈が速いときは、巨闕穴を拿穴すれば収まる。ほっとして胸をなぜ下ろすのは、その勢を巨闕穴に下す自然な人間のクセである。又逆に心拍数が減少して元気が無いときは、神道穴を平手で叩き(掌底ほどでなくてもよい)、軽く心兪穴を拿穴する。元気を出せと背中を叩く。これは誰でもできる。元気が出る。同時に天柱穴などの拿穴も効果的である。熱中症などの時には応急措置の手助けとして効果がある。巨闕穴は角度によって相手の虚を造ることができる。その場合は心臓を打つ場合と角度が違う。横隔膜を打ち、丹田の気が上がらないようにするだけであり、全身は無力になる。その後に擒拿術や摔角などの把式を行うのである。この場合は当て身である。

■点穴術と拿穴術の招式