太極拳の経験を通じて変化する脳

buto 太極拳は、その経験を通じて根本的な生き方が変化します。この変化は、導引法という古代からのタオの修行によって伝承されています。導引法は、人間の心を、人間以前の自然としての生命心のある境地へ連れ戻すことにあります。それは、脳自体の能力を万物の能力に回復させることであり、その生命心の状態を「神=しん」と呼びます。そのような機能と構造をもつ脳は生理である「精=せい」の一部です。その生命心である「神」が万物に存在するエネルギーを使用して「精」を動かします。その時に生まれるエネルギーの動作を「気」と呼びます。「神」が「気」によって「精」を生かせるのです。人間においても、自然においてもそれは同じです。天は天の生命心によって気が動作し自然に宿る精が生きるのです。花の精、石の精、全ては同じ原理です。精は神によって起こされた気の影響を受けて変化していきます。その変化は「易」です。このように、人間は様々な経験をしますが、太極拳の導引は自然の生命心による経験です。その自然の気により精が変化します。すなわち脳や体、血液、リンパなどがその「神」に対応するように変化するのです。体中に巡る神経系も同じように、常に機能的、構造的な変化を起こしていくのです。太極拳はこのような、経験的実証によりそれを古くから発見し、導引術で「神」を、行気で「気」を、房中術で「精」を無為自然に回復します。

最近の科学では、神経の可塑性などが科学によって明らかになりましたが、導引法による太極拳の修行法の根拠の一部が科学的に証明されたに過ぎません。

神経の可塑性
神経系は外界の刺激などによって常に機能的、構造的な変化を起こしており、この性質を一般に“可塑性”と呼んでいる。神経の可塑性は大きく3つに分けられる。1つ目は脳が発生していく時や発達していく段階にみられる可塑性。2つ目は老化や障害を受けた時などに神経の機能単位が消失するが、それが補填・回復されていく場合。3つ目は記憶や学習などの高次の神経機能が営まれるための基盤となっているシナプスの可塑性(synaptic plasticity)である。特に神経科学にとっては3つ目が重要で、その機構についても徐々に明らかにされている。記憶には、短期記憶と長期記憶があるが、短期記憶は主にシナプスでの伝達効率の変化により、長期記憶はシナプス結合の数や形態の変化により達せられると考えられる。

(今西二郎 京都府立医科大学大学院教授 / 2007年)

引用元: 神経の可塑性(しんけいのかそせい)とは – コトバンク.

タントラとしての太極拳

 王流の楊式太極拳は武当山で修養されていた内丹術としての行でもあります。

天地万物の構成要素としての気を、行気・運気・導引・存思・吐納などを修養し、身中の「内丹」を練り上げ、身心を変容させて、道(タオ)への回帰を目指し、性命を内側から鍛練する東洋の伝統的な修行法です。

『老子』第四十二章の「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」

根源たる「道」すなわち完全なる無。そこから先天の一気が生じ、一気は陰陽の二気と成り、陰陽二気は交わり,解け合い融合するようでふれあいながらの沖和の気を生じ、陰陽と沖和の三気から万物が生じます。
道からすなわちその象徴である神(しん)から気がが生じて,その気が陰陽に分かれながら交わって精を生み出すということです。

原子力の融合と分裂の仕組みと同じですね。また宇宙の化成も同じであると考えます。

内丹術は、人間が生成するときの順序も天地万物が化成するときの順序も当然として同じであると見るのが内丹術の考えです。

何も無いところから、陰も陽も何も無いところから、完全な無からまず神(しん)が純粋に生まれます。
その神から気が生まれます。神は一気。そして陰陽に分かれ二気になり。例えば、男女。陽子と電子。に分かれます。その一気の神と気が融合したところに精が生まれるのです。
精は生成のであり。人間であれば人間が生じて一気。男女として二気(例:アニマとアニムスで男女に混在)です。それが融合して胎児が生まれる。これが三です。胎児はまた神として一気になり。男女として別れ、三の生成を繰り返します。その循環を生むのです。

陰陽のもとは無です。陰陽が変転する太極は、どちらももとは無であるから太極なのです。すなわち人間という以前に自然であり、自然の中で精を得た場合に陰陽の気が生まれ、また自然に戻ろうとするのです。それが人の生死です。
一が二になって世に存在し、その陰陽が癒合しようとするのです。これが内丹で一に戻るということです。
すなわち、男女で言うならば、男女が融合するということです。沖和の気(愛情)をもって、神気精共に融合するのです。
これがタントラです。

このように、陰陽変転の基盤にあるのは、不易。変わらないもの。すなわち一なのです。一は無から生まれた最初の一気であり、元々は一つのものです。
それが分かれたから、一に戻ろうとするのです。変化をしない最も安定した状態に。無為で自然な状態に。
一が、二になって、すなわち神が気を生む。神と気は何も生み出さない。神と気が変換を繰り返すだけです。
純粋な心がエネルギーを生み出す。純粋な揺らぎがエネルギーを生み出す。
ただそれだけです。

無が無であるためには、有を生み出す。これが一です。一気なのです。相対性を生み出す両儀がここで生まれます。
純陽の中に一陰が生まれるのです。この一陰が純陰です。
一気は純陰。すなわち神は純陰です。無の純陽の中に一気が生まれる。宇宙のおこりのビックバーンです。
一気はここで二気になります。一つは神、そしてもう一つは気と呼ばれます。物理学では陽子と電子。すなわち総称して、陰と陽ですが、その変換は神が自らを知るために無を見ると無が陰になり変換するのです。相対性の理論です。

そして、その陰陽が混沌としながら移り変わるのです。これを太極といいます。

この別のものが交換しながら融合して一に戻ろうとする。二でなくなろうとする。完全に一つに戻ろうとする。すなわち沖和。これがタントラの行なのです。密教にもこの思想を簡単に表に出せないので、この部分を秘密にしました。男女の融合を神気精の一致として,二が一に戻ろうとして,三を生み出す過程として説明するには、ただおししようも無く、行に収めようとしたのです。密教のことはこれぐらいにしておきます。

そしてこの神気の二が、この世に現象を起こそうとするのです。新たなものを生み出そうとするのです。すなわち生成です。森羅万象を生み出します。すなわち易です。変化するものです。そして精が生まれます。人間なら、そこで人としての全てを生成します。

このように、太極拳は融合を求めることを重視するのです。それは陰陽和合であり、ひたすら一を求めます。
多くの武術は生成、すなわち精の生成を求めるようです。神と気から生まれ出た結果を鍛えるのです。収斂を続けます。そして後天に蓄えて、また分散します。この三を求めた場合は、充分な肉体鍛錬を欠くことはできません。しかし、最後には三も一に戻ることで武術の完成があります。

太極拳はただ一に戻ります。そして先天を取り戻します。
タントラもただ一を求めます。神気精が一致した融合を目指します。肉体的な鍛錬は、先天にあるものだけで良いのです。

太極拳もタントラも、最初の一気でひとまとまりに神気精を一に戻します。
最後の境地を一挙に得るのです。このような道を、タントラといい、太極といいます。

太極もタントラも、一挙に全てを手に入れます。
一挙に愛し合います。一挙に相手を融合して制すします。

太極拳もタントラ同様、頓法[急速に進む方法]ですが、全てが一致していないと、とてつもなく成就し難いものです。

そこで太極拳にはその成就のために、漸法[ゆっくり進む方法]として内丹術が用意されているのです。内丹術はゆっくりとその無から一・一から二・二から三・三から二・二から一・一から無の修行を理解していきます。

しかし、太極拳は一挙にそれを得ることができます。それを得ないと太極拳にならないからです。
タントラもそうであす。純粋に愛し合うことができれば、すぐに男女は融合できます。そこになんのこだわりがあってはならないのです。そのこだわりを捨てるために、太極拳でも道があるのです。タントラにも法があるのです。それを学ぶのです。

しかし、私たちは学ぶより経験を教えます。それが太極拳の経験です。

太極拳の神明を得るまでは,内丹と道(タオ)を一緒に学べば良いのです。また学ばなくても良いのですが、内丹の理解は経験と共に身につきます。

タントラも、男女が純粋に愛し合えるまでは、まず愛し合うことから始めるのです。なんのこだわりも無くです。タントラは、その中で、法(ヴェーダ)やヨガを学べば良いのです。密教では、空海がそこを明確に説いていますが割愛します。

このように、私たちが学ぶ太極拳は、タントラとしての太極拳でもあるのです。一挙に融合を得る。一に戻る。
それができないのであれば、私たちは太極拳とは言わないからです。

新羅万象を陰と陽から一に戻す力。これを愛と呼びます。凄い力ですね。

太極拳もタントラもこれを修行します。

才能

才能(さいのう) 生まれながら持つ神・気・精で、あらゆる物事を巧みになしとげることができる、生まれつきの能力である。

神(しん) 全てのものに存在する原質(純粋な心)。全体としての普遍性(全てと通じる価値観)。普遍性から揺らぎと共に気が起こる。発想(想いの始まり。個性になっていく)のはじまりとなる。
気(き) その原質から発生するエネルギーの動き。全体とその一部である個との融和。神(しん)を感じ、そのエネルギーはそれを感受する、感性の目覚め。

精(せい) そのエネルギーが作用する対象。人間であれば、精神と肉体。そこに、エネルギーによって想念や、思考、行為、言動が生まれる。

そして、その全てが認識され、心としてすなわち情報として蓄積され、精気神を心が顕在・潜在で意識する。

その精を気で練りつくし、その原質を神(しん)を見つけ出す心を知り尽くす。
そして、自分の原質を見つけ出し、歓喜と共に楽しくて仕方が無くなる。

そうなってしまえば、猫も小さな花も、雑草も、人間も才能には差はない。

太極拳はこの才能を発掘・発見するとても優れたツールであり、そしてその才能を使う武道である。

太極拳の発勁と三尖三節

「内の三合」 精気神 ・「外の三合」 手眼身 ———-以上を「内外六合」

精は手であり——–気は眼——–神(しん)は身である。

内の精気神の一致は、すなわち、手眼身の一致である。

太極拳の発勁の際の手眼身は三尖に通じ、相照する。「三尖相照」

神は身を震わせ三尖に向く

気が眼を光らせ三尖を見る

精は手(足)に三尖に爆発する。

三尖とは精気神の三が集中するところ「内の三尖」、手眼身が集中するところ「外の三尖」。

時空の内の「空間」の仕組みである。

「時間」の仕組みは三節(出発点・経過点・末端)(原因・因縁・結果)であり、三尖三節で、太極拳の発勁は完成し「懂勁」となる。

歴史1:王流の源祖は張三豐

元・明代に生きた遼東(遼寧省)出身の道士で仙人。字は君宝、幼名は全一。張三豐(1247年 – ?)が技を学ぶために少林寺に入門しています。

張三豐はとても文武とも優秀であったため数年を経ずして首席になりました。

彼は道教の道を求めて、少林寺を出ていきました。

彼は、湖北の武當山に至ると、そこは天の柱のような峰が奥深く静まり返り、しかも清冽であり、無為自然な心身を求める神仙の道がある龍の峰であるとして、中でも3つの峰がずば抜けていて、青々として素晴らしいものであったと記しています。

彼は、神仙の道を求めてここに隠居して十段錦などの内丹術や、動功として内家拳法(太極拳法)を創始しました。

このことは黄宗羲が書き残した『王征南墓誌銘』で記されています。王征南は明末の1617年に生まれ、清初の1669年に亡くなった人物で、内家拳法の他に弓術もこなしたので、彼は明軍の武官となりました。やがて、明朝が滅亡すると清朝に仕えることを嫌い、隠居して失意のうちに亡くなったといわれています。この生涯に同じ志を持った黄宗羲が共感し、墓誌銘を書きました。(黄梨洲)【黄梨洲は雅号で、本名は黄宗羲といい、明末・清初の大学者として知られ、「考証学」の祖です。専制君主制を批判した《明夷待訪録》は、当時としては民権を論じた進歩的な書で、近代になって彼は〝中国のルソー〟と呼ばれるようになり、前記の本は〝中国の民約論〟と称されたほどの人です。)その彼の書いたことを伝説で事実ではないというものも多いのは、色々な歴史的事情があるのですが、ここでは割愛しますが、彼のような現実主義者がこのような嘘を書くことはないものと考えるのが自然です。その中で太極拳の祖といわれる張三豐を「少林は外家に至る。その術は精なり。張三豐は既に少林において精なり。後にこれを改変して、これを内家と命名す。それを得た一,二の者は十分少林に勝る」と記しています。

このことは崇山少林寺の内家で修行されていたものを内家拳、外で修行されていたものを外家拳と呼んでいたことにも通じます。(宗門との意味合いで、禅宗の教えにて修行するものを内家、そのような教え以外のものを外家と呼んでいただけです。)少林はその教えに反するようになったが、その精なる術を張三豐は完全に会得して、道教を求めこれを改編して今度は、道教内において内家と呼び始めたものであり、これからすると少林寺はこの時点で外家であるということになっているのです。そして、張三豐が道教理論と融合させて編み出した拳法は少林寺に勝ると記しています。それを後に会得したのが王征南であり、その弟子達を武当山に残し亡くなりました。

このように武当山という道教の聖地で、崇山少林寺のように、宗門の行として始まって錬磨されてきたのが王流楊式太極拳の最初の源です。

歴史4:王師が楊式太極拳を武当山で修行

楊家太極拳の楊露禅は1840年ごろ、40才を過ぎて北京で王朝の武術指南役となりますが、優雅な生活の長い王朝の中では、武術のような単練を好むものは少なく、彼自身も思う存分練習もできないため、絶えず武当山へ修行のためと称して入山していました。

武当山の太極拳法(武当派太極拳)の套路は多種多様有り複雑ですが、楊露禅は貴族達に教えるために108式を採用または整理し、(同時期に武当山でも武当太極拳として108式を套路としてよく行っており、現在も武当山で伝承されています。このように、楊露禅が整理したものか古くから武当山に伝承されていたものを楊露禅が採用したものかは不明ですが、どちらにしても武当山と楊露禅は同じ套路をこの時点では行っていたことは事実です。)そしてその套路は子らに受け継がれ楊澄甫が85式の大架式を整理して、貴族達でも練習を楽しめる套路として王朝や貴族に教えていました。楊澄甫の父健侯が套路を健康運動化と簡素化したいと考え、澄甫がまだ若い頃に85式を考えさせたといいます。
楊澄甫は1912年に清朝が滅び、諸外国の監視下の元、北京市長が設立した北平体育研究社で楊氏三世として太極拳を広めることになります。その時に一挙に85式の大架式が貴族の残党やブルジョア達の中で人気を得て広まります。義和団の蜂起などで痛手を被った諸外国がこれを暗黙したのも、この太極拳を見て武術ではなく健康体育であると判断したということが理由です。

1900年の義和団鎮圧の後と清朝崩壊の後には、多くの王朝や貴族の残党や義和団の残党が道教寺院に逃げ込みました。特に道教の十方叢林(宗教専門学校)には多くの武術家が逃げ込んできて拳法を修行しています。その頃に楊式の85式の大架式套路が武当山に環流(元々は武当山の108式の套路を楊露禅が採用または整理したものであるから)し、複雑な武当派の套路をより整理した楊式の85式を取り入れて太極拳法の練習をするものが増えました。(108式の時と同じように武当山でも85式をよく行うようになりましたが、朝廷でお留め武術となったため、武当山内では伝承されませんでした。)その頃から、武当派の太極拳が楊式太極拳とも呼ばれ始めました。楊家ではないので楊式という呼び名です。又、清朝崩壊後に楊澄甫は何度が武当山を訪れていますが、体重が増えていたため、套路を披露する程度であったといいます。

しかし楊澄甫は、そのようなことから、中国国民党の指導の下で、1928年に南京中央国術館武当門長となり、内家拳を統括するのと同時に、武当山武術をも事実上監視することになりました。
又これまで清朝では迫害されていたため、陳家溝から表に出ることがなかった陳家の長拳なども、武当山の王宗岳の伝授を受けた太極拳であると名乗り初めて南京中央国術館の武当門部門に統制されることになり、陳家太極拳と呼ばれるようになりました。17代目の 陳発科(ちん はっか、1887年 – 1957年)41才でした。

その監視下の元で、太極拳法は武当山で楊式太極拳と呼ばれながらも、今までどうり内家拳としての内丹と精神修養、そして実戦武道として門外不出で独自の道を歩みました。

楊 澄甫は1937年に54才でなくなります。(糖尿病などを患っていたという話もあります。)

このような中で、王師は清朝が滅ぶ少し前に道家の子として武当山付近で生まれ、武当山で幼い頃から修行して、武当派の楊式太極拳を身につけたというのは、この史実にぴったりと整合します。王師は毎日が美しい自然と楽しい生活の中で、武道を無我夢中で遊びながら身につけている感覚だったと子供の頃のことを回顧しています。

太極拳は、不老長寿に役立つ医武同源

太極拳は、不老長寿に役立つと一般的に考えられています。

健康にいいというだけの理由ではなく、太極拳の運動のしくみが,人間の根幹部分の生理を使うところから、現実的に若返り,病気から遠ざかり元気になり、又事故や怪我を未然に防げる危険を察知して防衛する本能的な能力をより思い出して練るところにあります。

例えば、心と健康の関係にしても、副交感神経を優位にして,穏やかなストレスに強い心身を育て、放松というとらわれのない根幹的な人間の心の太極拳の意で、そのまま精神や身体が動くように、繰り返し毎日運動します。

意は身体の生理である血流や神経に人間の根本的な元気ある活動を思い出させます。

無意識な動作は、心のちりを取り、滞る身体の邪を取り除きます。

呼吸筋や身体の緩やかな動きは、バイオフィードバックで、相乗効果を生みます。

普段では意識することのない、深い心すなわち太極拳でいう意は、脳の一番深いところの原始脳に位置する部分が活性化しています。

その周辺には、生命活動を維持する生命の根幹部分と、感情や愛情などと深く関係する本能的部分が隣接しています。

放松すなわち、リラックスした純粋な心(意)は生命力の根幹部分ととても密接に働きます。このような状態になることを太極拳では放松といい不老長寿への効果があると見いだしているのです。

穏やかな自然な呼吸は、木々のような営みを人間の心身に思い出させます。又、自然と一体になる感覚や、そのリズムとも合致していきます。

本来の人間として生まれ持っている仕組みである、腰の動きや,血流、呼吸、脳の働き、脊椎の場所や形、筋繊維の数、生命エネルギーである気、六感、中心感覚、ホメオスタシス、そのような全てが本来の能力を思い出し動き始めます。

太極拳はゆっくりゆっくりと動くことで、それを感じることが出来るようになります。

武道として太極拳をやるにしても、健康としてやるにしても、その本来の自分の全てを知ることから太極拳は始まるのです。

その全てを知った上で、早く動いてもその感覚がなくならないときこそ、早く動く武道としての太極拳が成り立ちます。

早く小さく動いても,大きく遅く動いた套路と何ら変わりがない動きが出来るようになります。前者は小架式、後者は大架式の動作の性質です。

太極拳は医武同源であると言えます。ですから、本当の太極拳をやっていると若返り、元気になります。病気や故障怪我とも無縁です。

太極拳の本来の仕組みを知り、そして、それを実際に実践しているからこそ、不老長寿がかないます。

結論を言うと、本当の套路を毎日繰り返し行っていると,武道としての太極拳の高手になれる基礎はできあがります。

そして、それを一度でもいいので実際に散手などで現実に応用する技を経験することで、現実とつながる事を経験します。

それでその技の技術を使える技能が持てるのが太極拳です。

そして、そこには、すでに健康で若返った元気な心身がよみがえっているはずです。

太極拳は基本のみを反復練習する

太極拳とは基本の基本の勢という勢いを反復練習する武道です。

勢はもともと人間が備えている先天の理であり、人間であれば全ての人が備えているものです。そして人間は動物であり、生き物であり、森羅万象の一部であると深めていくことで、もっと基本的な勢を知るのですが、それが太極であるということで太極拳なのです。

太極は陰と陽が混沌としており、分かれ目がない状態のことです。

そのような万物が持つ性質を思い出して活かしていこうとする武道です。

十三勢といわれる基本的な勢は套路で反復練習をします。毎日毎日自分の奥底にあるこの勢を思い出して練っていくのです。

その勢の仕組みは,気により動かされていることを知り、その気が生まれる場所は神(しん)で有ることが見えてきます。

そしてその神と気と精が一致したところに,勢が現れることがわかるようになってくると,どのような場面でもその勢を応用することが出来るようになります。

その勢の応用は、散手などの単練や対錬で実際に使ってみます。

それが太極拳の技です。

多くの技を使える高手は、ただ、そのような場面で勢を使っているだけで、とてつもなく多くの技を教えることが出来ます。

勢が相手の動きによって動くときに、相手の動きの違いに応じただけの技があります。

人間が生まれてから後天的に身につけたものは,その人人によっての努力などにより、様々違います。

それに対して後天的に積み上げたものを使用して対応しても、その後天的なものと後天的なものが合致するときにしか、その技が使えないのはわかるはずです。

太極拳は、包括的な十三勢を基本として、もっと深くにある太極の勢、これは相対性、そして無極の勢、これは絶対性と深めていくことで、あらゆる後天的な動きに対して対応できる武道として完成させていくものです。

後天的な技は反復したりすることでその状態を高めていきます。そして、新たな技術の積み重ねです。結果、反復練習していない分野には全く応用が利かないのです。

先天は生まれ持ったものであり、生命の営み全てに通じる能力です。

一般的には、後天的積み重ねの中に、それを極めたものの一部がそれの先天的な部分に気づくのですが、後天的なものを使うときの理にしかならなければ意味がありません。

一つの武道を極めた人はまれに、先天的なものに気づき、一からその先天的部分すなわち基本の基本に立ち戻り、その反復練習をやり直します。

それしかやらない人がいます。そして完全に思い出した時に、今まで積み重ねた技がただその勢の一部であることを知り、全ての技の応用が始まり、達人となるのです。

どちらから入るも極めると同じですが、太極拳は最初からただ基本の基本のみを反復練習し、その応用を千差万別な技として,散手対打などで行います。

基本練習をしっかりやっておけば、全ての技は当たり前に勢により動きます。

技を覚えることも必要ないですが、技に名前をつけて練習法として確立することもいいでしょう。技には必ず基本勢がありますから、その基本勢を明確に説明することで、説明を受けたものはその基本勢を毎日の套路の中でより実感しながら、反復練習を行うことが出来ます。

毎日の套路は、その勢を実際に使った感覚をもって、基本を反復練習するものです。套路は、気を練るものではなく、先天的な人間の生理の意である神(しん)、そこから発せられるエネルギーの流れである気、そして人間として生まれて持っている心身である精が一致するように、そしてその一致した経験を積み重ねるものです。

ゆっくりやればやるほど、その一致の維持が難しくなります。後天的なものの影響をより長く受けるからです。

早くやるのも大切ですが、一致の維持は意識のみで、ある程度無理矢理出来ますが、これも後天的なものであることに気づいていない人は多いと思います。

太極拳の套路はどこまでもゆっくり動ける人のみが、今の一般的な套路の速さで行うものです。

大架式はおおらかに動きます。そしてゆっくり動くことでマクロを無限に求めています。

小架式は、そのマクロの一部として小さく早く動きますが、マクロがあっての一部であり、小架式だけなら、マクロは含まれません。

大架式は小架式を含み、小架式は大架式の一部であり、又その個性です。

これを見てみると人間と同じで、人間は大架式と同じく森羅万象であり、そして個である小架式は,立派に独立した個性ですが、森羅万象の一部には違いありません。小架式がそれを忘れたり、又ただ個であった場合は、完全に全てと分裂するということがわかるはずです。

このような、総合的な理が太極拳には備わっているのです。ですから、太極拳と名付けられたのです。

このように、太極拳は基本のみ反復練習する。これは生きることと同じです。生きるのはだれしもが毎日やっています。

そして、技を練習する。これは反復しなくてもいいのです。その時に、やりたいときに,やる必要があるときに、色々な場面に対応できる能力で、ただそれが技となっているだけです。

経験しておけば、理がわかり,勢がわかり,すなわち生きる能力がわかります。それと同じなのです。

太極拳を武道として極めるには

太極拳の武の高手への道で、他の武道と大きく違うところがあります。

全ての武道、そして全ての人とは言いませんが、多くの武術は、新しい動きを身につけたり,又コツを覚えたり、秘伝みたいなものを新しく知ることで上達するとされています。いうなれば積み上げていくものでしょう。

太極拳は自分の持って生まれた,無為自然の才能に気づき、それを練ることのみに高手への道を求めています。太極拳は積み上げているものを一度捨てて,本当の自分に気づき、それからその積み上げているものを使うものです。

もともとある才能に気づき、その強さに気づき,そして生きているだけで幸せである,本来の自分に気づきます。

それが太極拳を修行する全てです。放松といってもこのように心意が伴って初めて神気精の一致した放松が行えるのです。

積み上げていくものには、積み上げた人によって差が出ます。

しかし、本来の自分という普遍のものは、全ての人が平等です。

捨てて捨てて捨てきっていると,もっと深い本当の自分が見えてきます。

それが無極です。無極とは一般的によく使われますが、完全なる無といった方がいいでしょう。

積み上げていくというのは、いたちごっこのように、徒手には刀、刀には銃、銃にはミサイルと言うふうにどこまで行っても終わりがありません。

それに差が出てくるだけです。

本来の人間の普遍性に気づく,全ての人が共有しているものに気づく、もっというと森羅万象が共有しているものです。それで、

太極拳の陰陽和合という精神も見つかります。

その精神が見つかると、太極拳の技術は全てそれに従って動きます。

全ての技が,自然に無為にその太極という陰陽和合の仕組みによって繰り出されます。

練習の時には、意識が主になり最初は動いているとしても、いずれ意識ではなく意が主になり,認識する前に早く強く動けるようになるのです。

そこで初めて太極拳を武道として極めたことになります。

神(しん)

かみとは読まずしんと読みます。

道教における三宝(神・気・精を天・地・人。天は一となり、地は二となり、 人. は三となる道教思想です)

従って、神に近いかもしれませんが、もっと自然的に森羅万象の存在そのものの理由のようなものであり、自然意思又は純粋意思みたいなものです。

無意識の奥底にある、人間以前の全てのものすなわち森羅万象との一体感と、その活力みたいなものです。

無為自然において,完全なる無によって全てとつながっている強い意思的感覚とでもいいましょうか、到底言葉では言い表せないものですが、人間として天と地の間に存在する時、天と地と一体になった感覚が、三位一体的な,道教でいうと三宝合一的な状態です。

神とはその最も包括された万物と一体の存在意思です。