体のさびと気順

 全身に気を巡らしていく。套路をするにも、対錬をするにも、この気順があってこそ太極拳です。

全身の細胞にエネルギーを行き渡らせ、新陳代謝し、酸素を消費し、又供給する。体に呼吸と気がみなぎる。

30代と言わず、20代から、いや子供の頃から、全身に気が巡り、酸素を健康に新陳代謝する能力を維持し続けることは、将来の健康な生活の保険のようなものです。

太極拳を修行するものの心得として、30年前の心身の状況が、現在の心身の状態の基盤を作っていると考え、30年後の未来を想定して、今を生きています。又逆に、30年前の状況が今我が心身の基底であることを認識して、今を生きています。

太極拳は、放鬆(全てをやわらげる)と三節(出発点・中継点・末梢の循環)という技法を用いて、気や勢と共に血や津液、酸素などを巡らします。無理な消費も、無理な取り入れも全てこれで解決していきます。

気順ができるようになると、何も無くても掌が真っ赤になるほど、気血が巡ります。
さびは、油の行き渡らないところに酸素によって酸化されて生まれます。人間の体のさびも同じで、気が行き渡らないところに酸素が滞り酸化します。

滞りの無い純粋な心(神=しん)そして、折れることの無い爽やかな気(真気)そして、健康な身体(精=せい・生理や脳も含む)を取り戻そうとする太極拳の修行は、過去も未来も今ここにある。その精神にもとづき、この瞬間を全ての命をもって生き抜いているのです。これが人生における気順であると、考えています。過去も未来もこの今にある。ここから始まる気順は過去も未来も気が巡り、そして過去のひずみや滞り、未来の心身のひずみや滞りをなめしていくことになります。

年齢に関係なく、過去未来のさびを浄化することを、今すぐに始めること、それをお勧めします。

65歳を超えると、7%の人がアルツハイマー病になります。100人中7人ですから、かなり高い確率です……しかし、「まだアルツハイマー病になる年齢じゃないから関係ないや」と思っていませんか?

それは大間違いです。アルツハイマー病に限らず、多くの病気はある日突然なるわけではありません。

30歳を超えたあたりから、気づかない間に少しずつ少しずつ、しかし確実に、体内に「活性酸素」のサビつきがたまっていき、そのダメージがある限界を超えたとき、症状が出てくるようになるのです。

つまり、症状が出るころには、かなりサビついているということなのです。

引用元: 澤田彰史:30代から始める、アルツハイマー病予防法- 毎日キレイ.

気力が湧かないままで、どうぞ。


自殺大国日本において、最近特に女性の自殺者が増えてきています。(2012年6月8日政府の自殺対策白書)そのもっとも多くを占める原因は健康問題で全体の過半数になっています。
これらは、これといった病気ではなく、何となく活力が低下し、疲れやすさすなわち易疲労があり、今まで楽しかったことに興味がなくなってきたり(アンヘドニア)、そして何か鬱々するというものです。

そして、なかなか元気になれないというところから、食欲がなくなったり、イライラしたり、風邪をひいたような症状や、腰や膝の痛みなどと発展していき、何らかの健康に問題があるのではと感じるのです。

そして、悩みを一人で背負い込んでしまったりしてより落ち込んでしまいます。

そうなってくると、ひどい不安を招き、それらを解消するために仕事やネット。ゲーム、ギャンブルなどにのめり込んだり、アルコールを過剰摂取したり、違和感や焦りやイライラが強くなり、もうどうしようもなくなります。

そして、心気的とらわれが強くなり、焦燥感が激しくなってくると、もう誰の声も耳に入らなくなってきます。ほぼ心気症(ヒポコンドリー=hypochondria)の状態です。

これらがうつ病に移行するか、また、心身の重要な病気になるかは時間の問題です。

また、ストレスですが、MRIを使って行なった研究では、強いストレス状況下で感情や記憶の消去をつかさどる脳の部位が委縮していたことが判明したそうです。ストレスはこのような生理的な心身作用にも大きな影響を与えますから、ストレスをためておくことは、よりそれらを進行させ、または原因にもなると言うことです。

その前に、やれることがあるはずですが、病院に行くほどでもなく、漢方薬を飲もうとも、何かスポーツをやろうが、友達と会おうとも気力が湧いてきません。

 それならいっそ気力が湧いてこないまま、根本的な生命力を呼び起こす方法があります。

これが、武当派の太極拳に伝わる内丹術です。
内丹術は、完全にリラックスした状態で先天の気という生命力の気を呼び起こしていきます。
その生命力の気に押し上げられることで自然と人間社会で生きていくための気力を湧き起こしていく方法です。

太極拳は、完全な放鬆状態から、発勁ができる武道です。
放鬆状態はいうなれば、気を沈めている状態です。その状態から気を立ち上げるという技術が完成されている希な武道です。
そのために、様々な修養方法が長い歴史の中で伝承されています。
大切なことは、気力が湧いてこないのであれば、同じように気を沈めている仲間と一緒にいながら内丹術を行い、生命力自体の気を高めることです。太極拳では生命力自体の気を先天の気といいます。

後は、先天の気に押し上げられ、自然と後天的な気が起き上がってきます。後天的な気を引き上げようと無理をすればするほど、結果は悲惨なものになりがちです。
ある程度生命力が持ち上がってくれば、自分自身の「生き方」を広い視野で考え直してみるのも良いかもしれません。太極思想や道「タオ」が考え直すためのヒントにもなるかも知れません。

このように私は、自立厚生の立場から、太極拳の内丹術を積極的に提供していくべきと感じました。

私は、夕食後は妻と二人で内丹術を生活に取り入れ、そのまままどろみながら、まるで胡蝶の夢(夢か現実かわからない)のような世界を体験しながら、ベッドに入れば、入ったのも忘れるぐらいの数秒で寝てしまい、あっという間に朝を迎えています。

そこで、夜は武道練習をやめていたのですが、大阪や京都で実施していた太極拳の内丹術と瞑想を行う夜間クラスを復活することとしました。当事は瞑想太極拳クラスとして行っていました。

夜間クラスでは、一日に一つくらいは套路の型を存思(そんし)という瞑想でとても緩やかにリラックスして行いますから、楊式太極拳の套路も身につきます。生命力が立ち上がり、後天的な気も元気になれば、本格的に太極拳にも取り組んで下さい。強固な心身が呼び戻されます。

それでは、夜間クラス。ぜひ多くの方のご参加をお待ちしています。

呼吸は生きる。息(いき)る。生命の要。

最近の話題作映画「ハプニング」、日本でのメインフレーズは「人類は滅びたいのか」。

この映画の中では、植物が何らかの有害物質を空気中に放出し、人間がどんどんおかしくなり死んでいきます。この映画が提供しようとしているメッセージは人類と植物の関係から、人間の生命の営みである呼吸に深く関わっていくことで、生命の根幹をも脅かすかも知れない大気という空間に目を向けたもののように思います。

もともと人間にとって、大気中になくてはならない酸素は地球誕生時の大気には存在していませんでした。しかし、植物のような光合成を行うものが出現したことで大気には徐々に酸素が蓄積されていきました。まるで植物が、地球を制覇しようとするような勢いだったという人もいます。

しかし、このように、本来、酸素は強い酸化力をもった毒性の強い気体でしたが、一部の生物は酸素を利用した酸化過程を通じて大きなエネルギーを利用できるようになったのでした。これはマイナスをプラスに転換するとも、危険を克服したとも言える劇的な事実でした。そして生物と植物の共存が成しえたのです。現在、酸素を利用した代謝のできる生物は細胞内のミトコンドリアにより炭水化物を酸化し、最終産物として二酸化炭素 (CO2) と水を排出します。これが呼吸です。この様な共存と調和が生み出したシステムでもあるのです。

酸素という毒物を、体内にいるミトコンドリアが代謝し、無害にする上、エネルギーをも生み出すのです。排出される二酸化炭素は、植物によって光合成に利用され、酸素を生み出すのです。これで循環という自然代謝できあがるのですが、そのバランスが壊れつつあるのが現状です。

同じく、人間の体内でも同じ事が起こりえるのです。ミトコンドリアの代謝力が弱まると、酸素が余分になり活性酸素が生まれたり、様々な障害が起こります。酸素の毒性が体内を駆けめぐります。呼吸では糖類は二酸化炭素 (CO2) および水にまで分解され、その過程でエネルギーの元がミトコンドリアで生産されます。

この様な呼吸を重要と捉え、東洋では昔から、吐納法や気功法と言われる呼吸術がありました。

腸及び周辺にある組織の温度を上げて活性化させ、様々なホルモンを生みだし、ミトコンドリアの代謝を正常にして、本来の正常な呼吸による代謝を循環させようというのがねらいです。

逆腹式呼吸の太極拳の吐納法

この逆腹式呼吸という武術ならではのすごく優れた呼吸法は、呼吸で一定の腹圧を作る訓練です。王流では胆式という型で行います。

吸気

まず、足を閉じて立ちゆっくりと手のひらを上向きに翻しながら脇の下まで手のひらを持ってきます。ここまで息を吸う動作です。逆腹式呼吸ですが、肺を膨らませるイメージではなく、横隔膜をおなかに下げていきながら胸郭を広げる感じです。おなかがぎゅーと圧縮され、おなかの裏側背中に圧力がかかります。おなかの圧力が増します。呼吸を意識するよりも動きと呼吸が一致し、丹田(臍下のおなか)が小さく縮むイメージを持ってください。深呼吸と同じですが、肺を広げるのではなく、横隔膜を下げ、胸郭を広げます。平均3ℓはあるといわれる予備吸気です。脇の下まで吸いきったら、手をもう少し外に翻しながら肩を上げず後ろへ引き、よりおなかに圧力を加え胸郭を最大に広げてください。あくまで動きにつられて吸気します。深呼吸よりも深い吸気になります。このより深い深呼吸は体の末梢のミトコンドリアまで酸素を送り届け、エネルギーとなり、体の生体活動を活性化します。その上翻したときに次の排気のための弾性すなわち、均衡反射(ニュートラルな状態に戻すための反射)を生みます。これが漏気(ろうき)といわれる動作です。

呼気

次により強く通常の基準値に戻ろうとする力 (均衡反射力)を利用して、ゆっくりと長い排気を行います。手を上に向けたまま脇からゆっくりと腰までおろしていきます。横隔膜を緩和させる感じです。医学的には横隔膜は排気の時に緩和してドーム上に上昇し、吸気の時に収縮して下降します。鼻からゆっくりと少しずつはきます。出来るだけ長い方が良いです。そしてウエストのところで吐ききってください。その時におなかが膨らむ感じで丹田の中に大きなエネルギー玉が出来ていくイメージです。腹腔が膨らみ圧力が高まることで胸郭が狭まる感覚です。この時の圧力は小さくなったときの圧力と膨らんだときは同じ圧力を保つようにします。

吐ききったのですが、まだ残気が肺の中に残っています。これを残気を吐けるだけ吐きます。腰にある手を下により一気に下ろして残気を吐きます。この呼吸法で肺の能力は一段とアップします。デトックスという毒素排出に役立ちます。排気は脂肪を燃焼させるので、より深い排気は脂肪の中にためられた毒素も排気と一緒に排出されます。多くはこの残気が肺に滞ることにより血が汚れる原因にもなっていますから、それも改善します。又、すぐに吸気に戻り数回循環して繰り返すと体にみるみる元気が戻ります。(元気になったら止めてください。それ以上は過換気になります)

 

歴史6:王師との出会い

その後、1980年に文化大革命が誤りだったとされました。民衆の怒りを収めるために、政府の体育機構は中国人の数千年の文化の中にあった伝統武術の復興を救済すると発表して、武当山周辺にも武術学校を設立して、武当山の武術を復興させようとしましたが、当たり前ですがもう既に武当山に太極拳などの武術は残っていませんでした。そこで、しかたがなくスポーツ化された武術指導家達に武当山周辺の武術学校を運営させ面目をはかりましたが、結構これが成功し、民衆は新しい政府に対し怒りの矛先を少し納めたようです。

そしてその成功をもって、1986年3月に「国家体育武術研究院」が設立し、伝統武術の発掘や国際化を本格的に行なうことになりました。中国の民衆が民族武術に対する思い入れがあることを再認識したのでしょう。しかし、それはより民族蜂起につながる懸念であるので、より市民的なスポーツ競技として武術を定着させるために、1990年には中国が初めて主催した「アジア競技大会」で武術 ( Wu-shu )を公式競技種目として加えて、国民に対する民族武術への振興を大きく示しました。

その状況の中で 楊式太極拳を含む伝統太極拳は套路など万人に親しみやすく、又制定された太極拳の套路は民間の健康体操として世界中に流布されており、太極拳は新生中国を象徴する、神秘的な近代中国武術体操として、気功を含め世界中にアピールするための道具として大いに用いられるようになったのです。

しかし中華人民共和国成立から文化大革命の30年間のすさまじい徹底的な破壊により、全ての中国武術は中国国内において一世代に相当する伝承期間を抹消されました。伝統太極拳などの国策に協力した流派は、政府に迎合して現代スポーツ武術にしておいたので形だけは残りましたが、武術が既にスポーツや万人向けの健康運動に変貌するだけの十分な期間でした。

ちょうど、文化大革命が中国で終焉を迎える頃の1977年頃、大阪ミナミの繁華街の裏世界はまだまだ無法地帯でした。そんな中で、私は王師と巡り会いました。毎日起こる修羅場の中で王師は私に身を守る術だといって太極拳を執拗に教え始めました。

そして1990年まで王師に師事し、大阪で王師の代理で太極拳を教えることになり印可を受けました。この時に私は1年ほど仕事などを一切辞めて、王師と共に武当派の楊式太極拳を系統的に整理しました。この時既に王師は80才を超えたところでした。

その後私が東京に移住した後、1995年の阪神淡路大震災のあと王師は行方不明となっています。

太極拳で病気などの治療になりますか?

私は若い頃重度の自律神経失調症を私の太極拳の先生に、集中的な山ごもり太極拳や頭推按という頭への気功術で完全に治していただきました。

未成年の頃は暴走族で、事故に何度も合い、プロレスやけんかで痛めた体、酒とたばこと不摂生でがたがたになった、神経と体、低気圧が来る前はぴたりと当てる天才でした。全て太極拳で調整することが出来ました。

今は、少々のねんざや、筋違いは1回の套路で治します。

私は他の武道にもたまに参加していますが、ほとんどの人が腰や膝などを壊しています。プロレスもそうでした。多くの武道家とも知り合いがいますが、ほとんどが腰や膝を痛めています。  最近、太極拳をやっておられる方の中にも、膝や腰を痛める方が増えてきたと聞いています。

太極拳は人間本来の体の動きを思い出すため、けが予防にもとても優れています。

また、自力整体になります。強制的な整体は、対症療法ですが、太極拳は日々少しずつ違和感を探しながら調整できる優れものです。自分の体は自分が一番分かります。

体に流れる経絡をスムーズに気が流れ、各駅(経穴)の乗り降りがスムーズになっているからこそ、体は活性化します。

太極拳の鬆腰は膝などと連動しないで、全く独立して、膝は膝で、股関節は股関節で鬆らげます。腰の波動は各部分に伝達した時に消滅しています。全くの鬆になります。太極拳のやわらげは鬆ですので、空洞にする感覚です。

そうすれば、どこも絶対に痛めることはありません。

私は弟子たちにまずここから教えます。階段で転んだときの、均衡反射です。均衡反射はその部分と連動したところに負担をかけ、自分を守るので、足が滑って腰を痛めるなど厄介者です。 太極拳も同じです。つま先より先に出来るだけ膝を出したところに、均衡反射が生まれます。そこを調整するには、ゆっくりと套路で膝をつま先より出す練習をします。すると、スムーズな膝が独立した均衡反射が生まれます。そして周辺のインナーマッスルが育ち、活性化し、蘇ります。

そうすると、均衡反射はホメオスタシスを思い出し、痛んでいる部分も調整します。

太極拳は普通で動く範囲を超えてゆっくりと動くことで整体になります。

無闇にやると、逆に膝を壊したり、腰を痛めます。危険ですので、私は重要な紡錘の動きをまず教えてから、本格的な套路を教えています。

太極拳は整体としても、ホメオスタシスの回復術としてもとても優れています。首や腰も太極拳で必ず良くなると思います。

心息動と神気精

心と息と動きが一致して動くの太極拳であると一般に言われています。

武道としての太極拳は、心を神(しん)といい、意識される前の心のようなものをさします。

そして、息ですが、意識した呼吸をしません。意識した呼吸は気功を訓練する場合におこないます。

ちまたに言われる気功太極拳は、この息を重視して、気を動かすものです。

武道の太極拳では、先ほどの神(しん)からダイレクトに発せられる純粋な気により、無意識に呼吸する息をとらえます。無意識の呼吸ですから、深い瞑想のような太極拳によってその営みをとらえることが出来ます。

そして動ですが、それは動きです。武道における太極拳ではそれを精ととらえます。精は精神、神経、肉体、生理全てを含む人間の生命体の仕組み全てです。かたち有るものです。それは、見えない又は動いていないと見えるところでも動いています。ですから、精ととらえます。精力と言われるところの精です。

従って、一般の太極拳教室で心息動と教えられ、それをそのまま理解してしまうと、心を意識し、息をとらえ、身体を動かしてしまいます。

神気精で結果として、心息動が一致するだけです。それは意識ではなく、無為です。

一般の太極拳が意識で動くと言われているのは、用意不要力の要求からでしょうが、用意の意は神(しん)です。意識のことではありません。意識はその神(意)を認識することです。

例えば、仏教の心理学である唯識論では受想行識と最後にあるところで、最も動きとしては遅いところです。神は受といわれる感覚を受動して反応する感受の部分の基礎にある部分であり、感じると同時に働きます。その神が意であり、用意といって意を用いるのです。そして不要力ですが、力を使わないと単純に理解するのではなく、思考力を含む考えの力も力になります。

太極拳は唯物論(物質で全てのことを説明する考えかた)ではなく、唯物も唯識(物質以外のものを認識することで全てのことを説明する考え方)も合わせて考えます。

力とは精神力などと言われるように、それを動かそうとする有為(何かを目的にする)なものを表す言葉です。

意はそれとは逆に何をも目的にしていないで、ただそれに反応することです。

意識があるとは、その意を認識することが出来る状態で有り、無意識はその意を認識できることの出来ない状態です。

このように、意はどちらにもちゃんと存在していることがわかります。

一般的な太極拳では、この意を意識と教え、套路などを練習させているようですが、全くの間違いであることはおわかりいただけたでしょうか。

意は単純に意です。意識として認識したなら、用意識不要力になります。

意識で太極拳の套路を動いている限りは、太極拳が本来求めるところには到達もせず、又、随意運動は、人間の心身の不随意の自然な動きに無理な要求を行い、心身の正常なホメオスタシス(ニュートラルに戻ろうとするバネみたいなもの)をも狂わせることとなります。

このように、太極拳に要求される、用意不要力などの言葉が、全く都合良く解釈されて広められ、それを信じて太極拳を健康によいとして運動されている方には、特に楊式の太極拳は武道として武と医は同じ源にあるという内丹術であることを深く理解されることをお勧めします。

太極拳では膝を壊す人が多いですが、膝を壊さず瞑想太極拳まで至るにはどうすればいいですか。

メールでご質問いただきました。ありがとうございました。

もともと太極拳の動きは、基本をしっかりしていないと膝を壊すのは当然の動きなんです。その他の武道も同じだと思います。

日本で普及している太極拳は、お年寄りでもすぐに始めることが出来る運動として普及しています。

しかし、基礎的な武道としての動きの基本を修練していないと、太極拳の高度な動きは当然、膝だけでなく、腰や首などの関節部分を痛めるのです。

そこで、制定太極拳は、その痛めることのない安全な範囲で動けるように制定されたものです。けが人が続出したりすると、もちろん普及もままなりません。

又、年配の方がすぐに行えないのであれば、手軽な健康運動という目的も達成できません。

しかし、その安全な範囲を維持するのは、太極拳の本来の自然でおおらかな自由な動きと相反するのです。

従って、太極拳の動きはいくら安全範囲で動く姿勢や型を習っても、ついその範囲を超えてしまうものです。

その時に、太極拳の動きはその範囲を超えた部分にダメージを及ぼします。

近年太極拳をしている人の多くの方が、膝や腰を壊している方が多く見受けられます。同時に首や背骨の異変から、肩こりや内臓疾患に問題を持っている方も増えてきています。

私たちからすると当たり前のことで、私の先生は以前から指摘していました。

もちろん武道家にも多いですね。その人達は主に交感神経を多用している武道に多く見られます。太極拳は副交感神経を主にして発勁しますので、全く心配はありません。

そこで、ご質問へのお答えですが、太極拳の套路を行う前に必ず基本を身につけると言うことが最も重要です。

一般に普及している太極拳の基本は、安全域を維持するための、膝を足先より前に出さないや、足のグリップの方法や姿勢の維持などが基本ですが、本来の武道としての太極拳の基本は逆です。

どのような体勢にになっても、例えば膝が足先よりも前に出ても、膝に何の負荷もかからないし、又その体勢が自然に復帰するような動きを身につけることが基本です。

従って、健康太極拳として安全に日常のささやかなリラックス運動として行うなら、私たちは太極拳よりラジオ体操をおすすめします。ラジオ体操をゆっくりとリラックスして気を巡らせて行うのが一番いいと思っています。

太極拳は武道ですので、基本を行っていないと必ずといっていいほど身体をこわします。

しかし、太極拳は、人間の潜在能力を極限まで引き出し、そのあらゆる動く範囲まで全てを太極拳として練るものです。まるで大河が悠々とおおらかに何の制限もなく流れているイメージです。

本当の太極拳を身につけると、人間としての最大限の可能性に及ぶまでの範囲を、自らの生命エネルギー(気)で満たすことが出来るようになります。

そこで、私たちは太極拳の練習の時に行っている基本練習を、誰でもが楽しく簡単に効率的にできるようにするため、エアロタイチという太極拳の基本単練とエアロビクス(吐納法=気功法)を組み合わせた基本修練を広めていくことで、せっかく広まった太極拳の本当のすばらしさを多くの方に知ってもらえるようにと活動しています。

エアロタイチでは、一つ又は組み合わせた太極拳の型を特別な歩法を使って、吐納法を使ってミドルテンポのリズムで動きます。

特別な歩法とは、人間の身体にある均衡反射という動物としての本来的な自然な動きを使います。この均衡反射は、階段で転びそうになったり色々なバランスが壊れたときに発揮されるものです。そこのところを普段から呼び水をするように呼び起こす訓練が特別な歩法練習です。

吐納法はとても重要です。呼吸と動きは一体であり、自然な呼吸と自然な動きの中で人間の本来の反射や動きが起こります。緊張しているときに一番けがが多いのはそのためです。その均衡反射などの動きは反射という人間の最も無為なところで起こります。ですから、エアロタイチを行うときなどは音楽を聴きながら、何も考えることないリラックスした状態で、その動きを呼び起こします。

その動きで発勁という動きの最大点を迎えるときに、通常の武道の呼吸は主に緊張状態の時にあります。太極拳ではその時に、逆腹式呼吸を使用してリラックスを維持します。

その時にちょうど、膝などが最大に進むところまで進んでいるので、ここで均衡反射が正常に行われ、その反射と合致した動きが自然と行われないと、もちろん膝を壊すのです。

リラックスをしていて、自然な均衡反射に沿って膝が回る。その訓練を最初は小さな動きからだんだんと早く大きな動きに替えていきます。

これが歩法の部分だけの基本練習です。これを続けている内に、型を使って歩法や呼吸法など、又上半身や手先、首や背中腰の動きまで細かく、基本の動きを身につけていくと、いつの間にか套路の型は覚えてしまうのです。

後は順番とその過渡式を覚えると套路は完成です。

自然な型を覚えてしまうと、過渡式は次の自然な型へつながる自然な動きですから、いとも簡単につなげることが出来ます。

全ては基本です。站椿や推手も大事ですが、套路をやるなら武道としての太極拳の基本を身につけることが大切です。

最大の可能性の範囲まで本来の動きを取り戻した人間の身体は、外で誰かにぶつかられたときなども同じようにその能力を自然に発揮してくれます。

安全範囲で太極拳を行っている限りは、私は套路をすることをお進めしません。

なぜなら、人間の身体は何もしなければどんどん衰えます。安全範囲はどんどん縮小すると考えてください。

安全とは、その限界から遠ざかることです。安全な範囲で行っていると、その限界はより安全に行っている範囲まで近づいてきます。又そこから遠ざかることが安全範囲になります。

従って、今、膝を足先より出さない範囲が安全だと思っていても、膝は安全範囲をどんどん狭めてきます。そこで言われたとおりやっていても膝を壊すのです。

しかし、その限界を超えるのは、その限界を無理なく超えた人から教わるしか有りません。たぶん昔も多くの人が膝を壊し、本来の自然な動きが出来た人だけが、太極拳の本当の使い手となったのでしょう。使い手だと言われている人で膝を壊したり身体をこわした人は論外で、本来の使い手は、仙人のように若々しく、元気で、健康でバイタリティあふれるようになるのが当たり前です。

太極拳は武当派と言われる中国の武当山の仙人修行の人たちが源流のものがあります。

今は、世界中に分散していますが、健康太極拳とは全く別のものと考えた方がいいと思います。

メールをいただいた方は、私の24式の動画を自分の身体が求めている動きであると感じたと言っていただきました。

そうなんです。本来の自分の身体が求めている動きをすることが太極拳なんです。安全のための細かい姿勢や型を気にせずおおらかに動けてこそ太極拳です。

気とは

今回は気についてのお話です。

気は神と精のコネクト役と考えます。

「氣」又は「炁」が正しい書き方です。

私たちは気とは、ひとつは生命エネルギーのことと考えています。生命エネルギーとは精神も、心も体も全て含めて、それらを動かすエネルギーのことです。

注意したいのは、ここで言うエネルギーとは単に熱量を持つ物質論的なものだけでなく、霊的・生命的・動的な原理としての形而上的側面と、物質的な形而下的側面を合わせて考えます。

広範囲になると、大気をも呼吸により自らの身体の中に充満させることが出来ることから、一体論として呼吸を通じて大気を、形而上的にエーテル(宇宙に充満する媒質)をエーテル体としての生命体自体が呼吸をする人体と別の層の身体であるとして、全宇宙を含めての、生命エネルギーである気をとらえます。

それが満ちていることが気が満ちていると考えます。もちろん、それが満ちているのを感じ取ることができるのです。

それを東洋では「気」と呼びますが、その源は「神」(しん)であり、言うなれば、人間の本質にある無為自然の純粋な生命エネルギーのことを指します。

西洋では父と子と精霊の三位一体のうちの精霊であり「プネウマ」と呼んでいます。

ヒンズー教では呼吸をする生き物の生命力そのものをさす言葉として「プラーナ」という呼び方をしています。

気はこのように、単純に生命にみなぎる生命エネルギーであり、又、森羅万象にその存在自体を生命と考えた場合に存在するものです。

そのエネルギーの伝達は、障害物などがない場合はスムーズに伝承され、又受け取ることが出来、又発することが出来ます。

その障害物が邪気などと呼ばれます。

無邪気の子供の気を思い浮かべるとわかります。ただ元気と言うだけでなく、生命エネルギーそのものです。

太極拳はそのような気そのものを純粋に伝達し、又受け取ることが出来る為の、修練と言っても過言ではありません。

太極拳が熟練すると、太極拳自体は、自分の生命エネルギーを充満させるための内気功となり、又、外気功として自らの生命エネルギーすなわち気を相手に伝えることが出来、又、その受動するための作用を相手の内に呼び起こすことも出来るようになります。
(私たちには頭推按という外気功が伝承されています。頭部以外の外気功は擒拿術及び点穴術を調整応用します。)

気についてはまだまだ深いので、又色々な場面でお話しします。

逆腹式呼吸と発勁

太極拳を練習する時、その呼吸は深呼吸(気沈丹田の状態)です。 含胸による深呼吸とは、、、息を吸うときに下腹部は締まり、吐くときに弛む⇒これは、気功療法の逆複式呼吸と同じです。含胸が正しく出来ている(含胸は、固定された形ではなく、動作につれて変化します)と、横隔膜は上下に動くことが可能になります。横隔膜の収縮によって、内臓はマッサージを受けている状態になるので、血液循環が良くなり健康に役立ちます。

体の機能を最大限に使う太極拳の発勁の時の呼吸は、他の武道と違ってリラックスして発するのですが、下記の横隔膜と呼吸の特性を見れば完全に理にかなっていていることがわかります。

太極拳の発勁は、力をいれて相手を打つという一般的な方法と正反対のため、身につけるには正しい修練が必要です。
ただやみくもに今までどおり行ってしまうと、全く逆の力が育ち、遠く太極拳の習得から遠ざかります。
王流を学ぶ皆さんは、よく横隔膜と呼吸と神経系統の関係を理解して、太極拳の発勁を身につけてください。

http://ja.wikipedia.org/wiki/呼吸筋
(ウィキペディアより)
呼吸筋(こきゅうきん, 英語: Muscles of respiration)は、呼吸を行う筋肉の総称。すなわち、呼吸をするときに胸郭の拡大、収縮を行う筋肉のこと。種類としては、横隔膜、内肋間筋、外肋間筋、胸鎖乳突筋、前斜角筋、中斜角筋、後斜角筋、腹直筋、内腹斜筋、外腹斜筋、腹横筋などがある。
正常安静呼吸では、吸気は主に横隔膜の収縮によって行われ、また外肋間筋も使用される。呼気は筋肉を用いず、伸展された肺の受動的反跳(ふくらんだ肺が自然にもとに戻ろうとする力)によって行われる。努力呼吸時には、吸気には胸鎖乳突筋、前斜角筋、中斜角筋、後斜角筋が、呼気には内肋間筋、腹直筋、内腹斜筋、外腹斜筋、腹横筋といった呼吸補助筋が補助的に用いられる。

頭推按を施してきました。

自分の心の持ち様は表面的な意識だけでは計り知れません。

テレビに登場しバイタリティ溢れ、しっかりしたコメントをされている人、大きな会社を素晴らしい能力でリーダーシップをとっている人、どこから見ても心の持ちようは心配がないようですが・・・

二人とも、無理をしているようなので、以前太極拳を勧めたのですが、忙しすぎてなかなか出来ないと言うことなので、しばらく様子を見ていました。

案の定、男性更年期障害のような症状が出ると言うことでした。

二人は友人同士でしたので、内科、循環器、精神科、心療内科などの医者にも相談したらしいのですが、いつもどおりの要領しか得なかったので、とうとう私に相談しようと言うことになったらしいのです。

私は、まず硬い体と体中の経絡・神経などをほぐすために、簡単に甩手を10分位していただきました。

その後、一人は別室で待たせ、一人一人いつものように(いつものようにといっても3年ぶりぐらいですが)頭推按という頭部への気功術を施しながら、色々なことを話しました。    頭推按では経穴の緊張や緩和で、その人の心身や深層心理などの状態が分かります。

それに合わせて、カウンセリングのように話をしながら、頭部や顔面の経絡と経穴を両手の五指で太極拳をやっているように、気を計りながら押し流して動かします。すべてが繋がり始めます。

いつもそうですが、二人に限らず、終わった後は、多かれ少なからずですが、世界が変わったと言います。 体は雲の上にいるようで軽くなり、緑や空の色があざやかになり、なにか眠くなったようなゆったりしたような感覚になると言います。  そのまま、毎日を過ごせばいいと言いましたが、彼らはたぶんまた元に戻るでしょう。  再度瞑想太極拳を勧めておきました。

頭推按をした後、中には号泣する人もいます。テレビのニュースでの政界がらみの大きな事件で逮捕され強ぶっていた人も泣きます。  中には寝てしまう人。完全に不安が無くなってしまった人は、まれですが、相手が女性の場合は、これ以上書けないことも起こります。仕方がないことです。完全に受容した状態になっているからです。女性だけとは限りません。男性の場合は精神的なものですが。  彼らも不安の根にある緊張は半分くらいとれたので、5回くらい続ければもしかしたら、行くところまで行けるかもと言ったのですが、翌日にはとても体が見違えるように調子が良く、気分も最高だということで、感謝されて、その後はまた調子が悪くなったら頼むと言われました。次からは、私にとっての優先順位は下がります。本気で生きる意味を考えたい人が優先です。

頭推按をやっていくと滞っていた緊張のような不安のこりが少しずつ溶けていきます。

その時に考えることは、過去の出来事も不安の反対側にある温かい感覚で再経験したように考えるようになり、新たな認識を再創造でき、未来のまだ起こっていないことへの愚かな不安も希望に溢れます。

カウンセリング理論でもそうですが、不安への受容があって、今度は自分への受容が始まり、その後に問題解決のための解釈が始まり、問題が解決していくと同時に、あらゆる事が、その解決した理解で驚くように好転し、一挙に再創造に向かいます。

頭推按は、その不安によって滞った経穴や経絡から緊張をほぐし、気の流れに呼び水を起こすことのフィードバックです。

感受性を高め、ゆっくりと体に流れる気(エネルギーの流れ)を感じ取りながら、その流れの滞りを、経絡という川の流れに沿いながらゆるやかに流していくことが大切です。その行き先は深層に有る不安の根です。そこに水が流れ込むことで、不安は育ち飽和して愛に転化します。  この感覚を感じ取りながらやるのです。

私は頭推按を施した後、とても気持ちが良く、それでお金がもらえるなんて、楽しい限りですが、頭推按をやったって、その場だけであれば何の意味もありません。

毎日太極拳をやったり、酒たばこをやめ、規則正しい生活、自立した健康維持、少しは自分を内観して、弁証して、再創造する。  心身の新陳代謝と、存在の新陳代謝です。

とても大事です。

ちゃんと言っておきましたが。

愛に飢えている自分を真に発見し、受け入れることが出来なければ、頭推按もその場しのぎです。

頭推按のお陰で、不安がとれた分だけ、多くのことを受容して理解は出来たようですが・・・

後は彼たち次第です。

最近思うことですが、子どもの頭の経絡や経穴が気になります。  子どもは頭推按をすると、心の底から快感が有るみたいで、よだれを垂らすほどです。何回もねだられます。

子どもの頭推按で呼んでくれないかな。  とても面白いですし、終わった後の笑顔がとても好きです。一緒に同じように笑いがこみ上げてきます。

大人でもそう言う人に巡り会うのを楽しみにしています。