稽古日記・2026-02-05・夜間クラス

稽古日記を付けることをサボらない。このコツは覚えているうちに書くことです。現在68才。20才頃から、無謀極まりない私のため、私にプロと対抗できる護身の為の技撃太極拳を教えてくれたのが祖父の護衛であった王師でした。
この王師から教わったのが、稽古日記でした。
毎日、店《大阪ミナミのサパークラブ「クレージーホース」》の近く、今のアメリカ村にあった祖父の組織が持つプロレスの稽古場のマットの上で、午後の2時頃からの出勤前の2時間ほど稽古を付けてもらっていました。ほぼ毎日です。
招式一つ一つをメモるように言われ、書いているとのぞき込み、「よう、こんな字よめんな(訳・よくもこんな字を読めるな)」と言っていましたが、私は読めました。速記のような文字ですが。その後、24才ごろから本格的に習うことになりますが、

高校3年生の時に、通学途中の駅にある祖父の友人のダダ広い事務所で、祖父から無理矢理、柳生新陰流を習わされました。ビルの50畳くらいのワンフロアに机が一つ置いてあるだけ。なぜ?と思いましたが、その人の仕事は、ここに一日中いることらしく、たまに代わりの人が机に座っていますが、ほとんどそこに居て暇を持て余しており、私が行くと水を得た魚のように私に柳生新陰流を教えてくれました。真剣を使って稽古をすることも多く、また教える人は、とても恐ろしい人(不気味さで)だったので、最初はいやだったのですが、のめり込んでしまい、午前中に行くと、「お前、学校は?」といいながら、楽しそうに教えてくれました。

一番前の中央が私。

半年ほど入り浸りになり、おかげで、歴史の長い由緒ある大阪市立市岡商業高校の歴史上で初めての落第生となっていまいました。(注)理由はこれだけではありませんが。

その柳生新陰流の勢と太極拳の勢が全く同じだったので、面白いように王師の実戦技が身につき、王師は大変驚いていました。{注}実は、柳生新陰流と太極拳はとても深い関係があります。私の書籍「太極拳史真伝」の明の時代をお読みください。

今命があるのは、この王師の太極拳のおかげであると心の底から思っています。

そこで昨日の稽古日記です。

①左右倒攆猴の復習。肘底看捶からの倒攆猴と、次の金鶏独立からの倒攆猴の違い。

金鶏独立からの倒攆猴への過渡式にある拗開勢(倒攆猴の収斂腰腿と対になる膨張腰腿)

②倒攆猴から斜飛式への下歩(過渡式)

(実験)両手で相手の肩を後ろから軽く叩き、一切力を用いず、魔法のように相手を前のめりに倒すことの出来る跌、これがここにある下歩勢(招式:童子鞠躬:どうしきっきゅう)
ここではやりませんが、連環は下歩した右足の反転で、床に着いている相手の左臂を前に蹴飛ばし、相手が顔面を床に打ち付けたところを地震脚で後頭部を踏みつけるまでが連環招式です。(酷い技です)

これも、金鶏独立からの倒攆猴(帯扌履勢)と肘底看捶からの倒攆猴(帯下勢)では違う。

③斜飛式(これも以上のとおりで違う)
外からの場合は、金鶏独立からの倒攆猴からの斜飛式で帯転動、内からの場合は肘底看捶からの倒攆猴からの斜飛式で転動を含まない

④倒攆猴の引き手(引勢)
(実験)後ろから来た敵に気付かせず、相手の顎などに発勁する。爆速の後ろ鳳凰拳(倒攆猴)
とても面白いので、みんなで笑いながら実施(招式:凤凰醒来:ほうおうせいらい)

⑤倒攆猴の掌
握固(老子55章に出てきます)按勢の按手も、握拳の拳も、倒攆猴の托手も、全ての指が労宮穴に環流しようとする。原理は擠勢(ブラックホール)
この応用の恐ろしく痛い、天師握玉(てんしあくぎょく)を久しぶりにみんなの悲鳴の中で実施。全く力を用いず、悪魔のような赤ちゃんの握り手で相手の拳を握るのみ。
天師握玉は男性の急所を握りつぶすときに使う術です。この手を握られた感じで、あそこを握りつぶされると想像すれば、血の気が引きます。金糸纏腕をかけられたとき予備式で前に沈み、天師握玉で急所を握りつぶします、どちらが痛いか勝負ですが、間違い無く天師握玉が勝ちます。(笑)

⑥予備式のすごさ
予備式で立ち、片腕に70キロ近い大人に全体重をかけてぶら下がってもらいます。びくともせずなんの力も不要でただ立って涼しい顔です。この魔法もみんなで経験しました。

 

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