『無根樹』は、武当山にて古代からの太極功を太極拳として集大成した張三丰によって書かれた詩で、24章から成り立っています。張三豊はこの詩的な内容は、側近の者にしか理解できなかったため、更にかみ砕いて、無根樹100首を創作して、来山社や太極功(太極拳を含む太極道法の全て)を習う者達に配布しました。例えば、無根樹100首の第1首は下記のとおりです。
【第1首 原文】
無根樹上花正開 紅塵一去不回來 勸君莫戀花間酒 飲後牽纏萬事哀
【現代日本語訳】
根なき木に 今まさに花が咲く一たび俗世を去れば もう戻れはしない 君に忠告しよう 花のもとでの酒に溺れるな それを飲めば 万事に纏わり着かれ すべてが哀しみに変わる
【語句の深い解釈】
•無根樹(根なき木)=物事に固定した実体がなく、どんなに咲いた花も根を持たなければやがて散る運命にある。太極拳的には、「形にとらわれない心」=固定観念や形式に縛られない柔軟な心と体の状態を指します。
•花正開(花が開く)=美しくもはかない一瞬の象徴でもあります。
•紅塵=「紅塵」とは、塵(ちり)舞う現世=人間の何かをしようとする有為を示しています。
•莫戀花間酒(花のもとでの酒に溺れるな)=快楽や情欲(女性・富・名声など)の誘惑に心を奪われるなという比喩は、太極拳や人生において、短絡的な力(リキ)や勝ち負けにとらわれてしまうと、本質から遠ざかってしまうことを著しています。
•牽纏萬事哀(欲に縛られ万事が哀しみに変わる):
万事のに囚われれば、結果的に執着が生まれ、苦しみを招く。太極拳でも囚われや意念、意識が無地自然を損ない、本来の人間の能力が発揮されません。
この詩は、張三峯が太極拳という「道(タオ)」の修行者に送る最初の警告と招待です。
「この道に入る者よ、万事に拘るな。心を澄まし、動きを自然に任せよ。そうすれば、根なき木にも花は咲き、執着なき者にこそ真の力が宿る。」
──そう語っているのです。