太極拳の懂勁は、くつろぎと笑いから生まれる。

私たちの太極拳の武道練習は、まず寛い(リラックスではない)で、そして笑いながら、楽しく対打を行います。よくあるような武術や格闘の練習のように、厳しい顔をして相手に敵対しながら必死でやるような練習は決して行いません。

これには理由があるのです。

人間は、くつろいでいるときには体内に分泌するホルモンも含め、ゆったりとより多くの感覚を感じ取るようにできています。いわゆる聴勁はこれを使用しますから、豊富な感受で太極拳の対打を行う事ができるのです。

逆に、厳しい顔をして相手に敵対し、緊張度を高めていると、必要な感覚だけに囚われてしまい、危機を回避しようとします。これはほとんどその人間個人の生まれてからの後天的な反応です。
その人の個人的特性により、逃げるか戦うかという選択を行うように心身が反応します。
例えば、武術の技を知っていれば、その技で対抗しようとします。武術を知らない女性は、逃げることを選択するか、ただ暴れるだけと言うことです。
これが後天的な反応です。この後天的な反応に囚われると、人間が先天的に持つ能力を発揮できません。従ってほとんどの場合、このようにして覚えた技は実際の複雑に変化する危機には使用できないのです。

この「ほんまでっか」の放映内容にもあるとおり、このようなことは先進科学で解明されています。
太極拳は、どのような状態においても、特に危機的状況においては、あらゆる事に人間の防衛本能で対応できるように、完全なる感受を使用できる先天に戻るメソッドです。先天に戻ることを還虚と言います。

だから、くつろいで笑いながら、楽しく、そして、本気で相手に打ち込み、それを制しながら、本来の能力にある勢いを思い出していくのです。

もちろん当会では、武道クラスでもまるで遊んでいるように心から楽しみ笑いながら、対打をしています。そして、技が決まったときは、本当に気持ちの良い、心からの喜びが生まれるのも不思議な感覚を経験できます。

聴勁は、イチロー選手も言うように、私たち人間が持つ先天的なセンサーの賜です。例えば、意識的に動く筋肉を意識的に使うことや、何かに意念を集中するなどして心理的にも自ら視野を狭め、そして、しかめっ面をして、相手に敵対することにより、狭い穴で世界を見るような状態になってしまうことが、そのセンサーを見失う原因となるのです。「ほんまでっか」でも放映されたように、顔の表情だけで、そのような状態を招いてしまうのです。

太極拳は多くの武道と全く逆の理合を持っており、稽古に真面目に取り組んでいても、太極拳の練習をしていると顔がほころび、くつろぎ、思わず笑ってしまうのがあたりまえなのです。特に武道練習は発勁時に感受が完了するので、その時に歓喜に似た感覚が生まれます。平たく言うと好きな子に告白して、OKといわれたときのような感覚です。

これが太極拳の懂勁なのです。

2018年2月28日に放送されたフジテレビ【ホンマでっか!?TV】では食卓にひそむ危険の特集がされていました。この中で味覚についても話題になって取り上げられていたのでご紹介していきたいと思います。(味

情報源: ホンマでっか!?TVで話題に!太ると甘みを感じにくい?味覚のフシギ!!

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