用意不用力と筋肉

まず、用意不用力の意は「意識」ではなく「意」です。

意は心の働きそのものであり、意識はそれを認識する、すなわち意識するという字そのものです。

意の後に意識があり、そこには人間の色々な制約条件が作用する意識的という現象世界があります。武当派の太極拳ではそんなものを使うなど一切教えていません。

しかしながら、日本での最大の武術太極拳の団体では「勁力について、勁力は武術の動作の目的に沿って意識的に体の中から導き出される力の総称である」と実技テキストの冒頭で間違ったことを述べているのです。

意識的に使う力は拙力であることは、武道を極めた人間はみんな知っていることであるのに、このような間違ったことを堂々と述べて、広く日本に健康太極拳などとして普及しているのは、本来の医武同源の太極拳から考えてると大変困ったものです。

意識的に動く套路は、怪我のない安全圏で動くことをお勧めしますが、しかしながら、太極拳は無意識の均衡反射を使う武道ですので、意識的な套路の動きはその套路の根本的な動きを疎外するばかりか、人間のホメオスタシスという均衡を司る機能までにも影響を及ぼすものと私たちは考えています。

太極拳は日本の古き良き剣術と同じく、意識に上る前の心の働き、すなわち心意を用いる武道であり、意識的に動く武道ではないのです。

意識には強弱も、広さも、また人それぞれの観念も作用し、本来の意の働きを著しく制限することを忘れてはならないのです。であるから、武道では無念無想という意識しない無の領域を求めるのです。

太極拳の勁力は、意識する前に気が心を働かせるすなわち意の時点に発せられるのです。

そこには均衡反射(人間が本来生きていくためのホメオスタシスに基づく反射)があり、意識が少しでも働くとその均衡反射は制御されます。

無念無想の境地を求める事は、王宗岳の太極拳経にも書いているとおりです。意識を使わないことは太極拳では当たり前のことなのです。

以上から本題に入りますが、筋肉について考えてみます。

意識を使ってものを動かしたり、持ち上げたりする筋肉の主役はアウターマッスルです。

これは、色々な筋力トレーニングをすると鍛えられ、年を取ると衰え、女性や子供は大きな男や大人に負けてしまうところです。これが意識的に動くときの筋肉の主役です。

逆に、体のバランスや、歩いたり、危ない時にとっさによけたりする反射的な筋肉の主役はインナーマッスルです。子供でも大人でも、老人でも最低限に備わっています。

その無意識な動きを主役にして、アウターマッスルは従にするということです。このように、太极拳はインナーマッスルを主に使う武道で、意識的な骨格筋の拙力を主にして使わないというのが太極拳のはずです。

なぜなら、その骨格筋の筋力に頼り、その力は意識的であるので、内部の均衡を司るインナーマッスルなどの筋肉や関節、筋や血流の、そして経絡の自然な流れを疎外するのはわかりきっているからです。

このことから見ても、意識的な太極拳の動きは著しく健康を害するのですが、なぜ、ここまで日本で広まってしまったのだろうかと研究してみると、色々な原因が理解できますが、取り立てて取り上げることもないので、太極拳の本質について考えることを優先することにします。

套路を行うとき、大河の流れに従うように体が動いていく、それは円運動の流れに心が沿いながら、そのバランスの均衡を保とうとする無意識の人間の生理機能がその動きを導き、意識はその後についてくるようなものです。

套路を覚えるまでは意識的でしょうが、武道としての太極拳や、又その要素を完全に含んだ套路は、意識前の均衡反射である意の動きで動くようにできあがっています。

ですから、形や姿勢など一切気にしないで、おおらかに気持ちよく動くことを心がけて行くことで、必ず美しい均衡の取れた姿勢やかたちに熟練度に応じてなってきます。

本末転倒に、意識をもって形や動き、姿勢を作るなどは短絡的で、全く中身のない張りぼてのようなものであり、内部の脆弱さは外部の意識的な拙力により押しつぶされることとなるでしょう。

それは、単に関節や筋肉だけでなく、内蔵や生理、経絡や経穴、神経や気力などの心理、心までに影響をお及ぼすことを知って欲しいものです。

太極拳はできるだけ意識的な力を使わない、すなわちリラックスして放松して内部にある自然な力(勁)を主役に戻していく練習です。

その練習をせずにして、意識で太極拳を動かそうとするのであれば危険ですから、老年の方には安全なラジオ体操をお勧めします。

いくら放松だといっていても、意識で形や動きを考えている限りは、動いている筋肉の主役は骨格筋です。その筋肉の衰えを防止したいのであれば、太極拳は向いていません。危険極まりない運動となります。

まず、内部の均衡反射における無意識の自然な生命エネルギーのあふれる最低限の筋力を、意識で動いてはいけないと教えられる太極拳の套路で維持し、または活かしてから、同時にその動きを感覚でしっかりと経験しておき、その感覚経験に基づいて、山登りや武道、庭いじりでも、家事でも、歩くも走るも、日常の全てをその感覚で動くことで、従である骨格筋は、内部の生命維持の筋に従いながら、それなりに健康に維持され、又は育つでしょう。年相応、体格相応にです。

それは、老人になっても、生命を維持する力である勁はいくら衰えたとしても、健康な大人が意識で使っている拙力に劣ることはありません。それは、人間の潜在能力は20%も意識下においては使われていないということから科学的にも証明されていることです。

火事場のくそ力をあたりまえに普段でも使えるようになる、すなわち潜在能力、意識にない能力を呼び戻して、健康や人生に役立てて、幸福に健康に生き抜いていくということの、一つの修練の方法としての武道が太極拳なのです。

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