徹し(とおし)の発勁

太極拳の発勁で、相手の内部にまでダメージを与える打ち方があります。

鑚勁とも呼ばれ、この発勁の練習については、通常の打撃練習では習得できません。

徹しという技能を身につけます。王の楊式太極拳の套路には徹しの発勁で打つことができるような過渡式を備えています。

基本の勢はこの套路で修練できます。

発勁には、その目的に応じて、表面的な部分に痛みを与えたり、経絡を閉ざしたり、経穴を麻痺させたり、虚を創出するものなど色々とあります。擒拿術や投げ技である摔角の作用点も発勁になります。声だけの咆哮も、相手の動きを誘ったり、気で相手を動かす凌空勁ももちろん発勁です。つばを吐きかけることも発勁です。耳や髪の毛を引っ張ったり、衣服をつかんだり、罵詈雑言を発したり、騙したり、演じたりするのも全て発勁です。… 続きを読む

護身とゾーン

地下鉄で体がぶつかったと言うことで、気づかないところから急に刺される。
こんなことは防ぎようが無い。確かにそのように言えるかも知れません。
しかし、楊式太極拳や柳生心陰流ではこの様なときの護身が最も大切な武道の入り口と教えるのです。

実際に私は何度もこれで命が助かっています。(ナイフでどさくさの中で攻撃されることは数え上げればきりが無いほどです。20歳前後の私の環境では日常茶飯事でした。とても多くのやばい人に恨まれていました(逆恨みです)ので、路上でも数回あります。その中で察知はできていたけど、逃げ場が閉ざされて実際に刺されてしまったのは2回、その2回は仕方なく足で腹を防御し、足を刺させ、相手を制しました。これも察知できていたおかげです。)… 続きを読む

今を生きる極意

今日2012年5月21日 午前7時34分。太極拳の套路を終えて、空には薄雲の合間から金環日食が。

デジカメで写真を撮影。まぶしすぎて金環はわかりませんでしたが、肉眼ではしっかりと見えました。

人は一瞬を切り取る写真に心を寄せます。

人生とはこの一瞬に全てがあり、命はここで輝いている。

私は、このように感じて生きています。写真はこの一瞬を切り取る。通じるものです。

インド独立の父。マハトマ・ガンディーの残した言葉がFaceBookで紹介されていました。… 続きを読む

呼吸は生きる。息(いき)る。生命の要。

最近の話題作映画「ハプニング」、日本でのメインフレーズは「人類は滅びたいのか」。

この映画の中では、植物が何らかの有害物質を空気中に放出し、人間がどんどんおかしくなり死んでいきます。この映画が提供しようとしているメッセージは人類と植物の関係から、人間の生命の営みである呼吸に深く関わっていくことで、生命の根幹をも脅かすかも知れない大気という空間に目を向けたもののように思います。

もともと人間にとって、大気中になくてはならない酸素は地球誕生時の大気には存在していませんでした。しかし、植物のような光合成を行うものが出現したことで大気には徐々に酸素が蓄積されていきました。まるで植物が、地球を制覇しようとするような勢いだったという人もいます。… 続きを読む

護身の基本の基本

武器を持とうが、拳銃を持とうが、いくら筋肉をつけようが、巧みな術も精神力もつけようが護身なんてものは簡単にできません。

まず護身の基本の基本は心理にあります。

欧米ではそれが当たり前であり、そのためのプログラムが豊富です。

まず、セルフエスティームを高める、すなわち自らを知り尽くしその尊い自分を思い出すことです。
ですから護身術は生まれたときから、始まっているのです。大人になってからもそれを高める方法もあります。まず、これがとても大切です。これを高めるというのは最も大切な護身術の基盤です。… 続きを読む

楽観的に

楽観的と悲観的という言葉があります。相反するものです。

経験に対して、どのように観るかと言うことです。

経験はとてつもない情報を含むものです。

その経験をどう解釈するか。どう認識するかで全てのことは大きく変わってきます。

太極拳であろうが、人生の何事もその認識が何もかも変えていくのです。

例えば、経験したことが失敗であると感じたとします。太極拳なら技が流れるときです。
その原因を自分の内的なことに有ると認識するか、または外的なことであると認識するか?… 続きを読む

力が要らない護身術ワンコインセミナー

太極拳は自然の理を使った武術です。
公園などでよく見る、柔らかく動く楊式の太極拳を使った,簡単な護身術のセミナーを開催します。
講師は、若林政樹(55才・太極拳歴30年)と淳子(37才・太極拳歴7年 日体大卒)です。
子供でも女性でも、ご年配の方でも力を使わない、日常で使える、簡単にできる護身術をご体験ください。

※今回は未経験者及び太極拳の武術の未経験者の方が対象になっています。一般の方や武術太極拳未経験の方ががすぐにつかえる護身術がテーマです。続きを読む

楽しけりゃいい

今生さえ楽しければ良い。
死んだ後も、生まれる前も気にしなくても良いと言うことです。

この瞬間を精一杯楽しもうというのが「道」の価値観です。それが滔々と続く。絶対的に。

「道」とは人間にそれを教えるものです。

今生さえ楽しければ良いと、自分(個人)さえ楽しければよいは違うことです。

この瞬間が楽しいと言うことは、実は全てと楽しさを共有していることになります。
「道」にも光り輝いているから楽しいのです。

太極拳の套路はこの瞬間を輝き続けながら、いつまでもいつまでも輝いていきます。これが套路です。… 続きを読む

道を楽しむ

 世間には、色々な常識があります。
古くから続くもの、宗教の常識。科学の常識。武道の常識。などなど。

しかし「道」には常識がありません。
「道」には常識が無いから、道なのです。

常識とは辞書のとおり「ある社会で、人々の間に広く承認され、当然もっているはずの知識や判断。」ということです。
ですから「道」の常識と説く時点で、おかしな話になります。

その常識に縛られてしまうと、「道」から遠ざかります。
しかし「道」の常識を知識として構成していると、あたかも「道」を説いているようにも見えます。… 続きを読む

タントラとしての太極拳

 王の楊式太極拳の楊式太極拳は武当山で修養されていた内丹術としての行でもあります。

天地万物の構成要素としての気を、行気・運気・導引・存思・吐納などを修養し、身中の「内丹」を練り上げ、身心を変容させて、道(タオ)への回帰を目指し、性命を内側から鍛練する東洋の伝統的な修行法です。

『老子』第四十二章の「道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず」

根源たる「道」すなわち完全なる無。そこから先天の一気が生じ、一気は陰陽の二気と成り、陰陽二気は交わり,解け合い融合するようでふれあいながらの沖和の気を生じ、陰陽と沖和の三気から万物が生じます。… 続きを読む