太極拳の坐腕伸指と重症虚血肢

 以前、太極拳を習いたいという人から電話で問い合わせがあり、「重症虚血肢」を改善したいので、医者から勧められたのだが、太極拳はその様な効果はあるのかという質問がありました。
太極拳だからといってそんな効果があるかは、その太極拳に依りますから一概には言えませんが、体の隅々まで気血が行き渡るものが本来の太極拳です。と伝えました。

勢いを人間の心身を超えて発揮すれば、人間の心身の隅々まで気血が行き渡ります。
そうすれば、例えば、自然と指先が伸び、手首(中国語では「腕」)が生きます。「坐腕伸指」です。風船でできた人形に、空気を入れてきんきんに膨らませたような状況になるのです。水をたっぷり吸い上げて、大空を一杯葉に取り込んでいる、活き活きと野原に咲く、一輪の花のようになります。それが沖和という「カオスの縁」です。

一般に流通している太極拳の本を見て、その形や理屈だけを真似てその様な効果が出るはずがありません。

公園で太極拳をするのは、体を自然の中で動かすので気持ちがいいのはあたりまえです。それなら、ラジオ体操でも何でもいいのです。これは単に癒やしです。癒やしもいいのですが、自分の太極拳が、何の条件もなく暢やかで気持ちいいのは、人間の体の縁を超えた勢いが生まれるときです。その勢いは、沖和まで心身を導きます。この気持ちといい感覚は、癒やしなどの感覚とは違い、心身の生命力を無限大に解放するような快感です。

いくら、こちらで太極拳を学んでも、人間の条件を超えられない人の勢いは、人間の内で滞ります。その条件は、ほとんどが頭で覚えた知識です。これが、おおらかさを止めてしまうのです。その様な気持ちよさは、今まで慣れた自分の条件内での自己満足と癒やしに過ぎません。どんどんとそのしきい値は狭まり、より気血を滞らせていくので、逆に悪循環を招きます。このような太極拳であれば、何の理屈もないラジオ体操の方がずっといいどころか、自然な気血の循環にとって危険であるとも言えます。

大架式は、体に発生した勢いが、人間の心身という風船を超えて伸びていこうというおおらかな勢いです。人間の条件でとどまったものは、風船が膨らみきらず、指先も折れ、手首も死んでいます。

そうすれば、もちろん脳などの血管にも、手足にも、臓器にも気血が生き渡りませんから、重症虚血肢だけでなく脳梗塞や心臓疾患を招くのは当然で、その医師もそれを知っていて太極拳を進めたのでしょう。

しかし、太極拳の知識を書籍などで脳に詰め込み、その知識に固執している限り、いくら真の太極拳を学んでも、その殻を超えることはできません。

太極拳の最初の学び方は、最初は套路の型の記憶と、実際にその勢いが起こす理論と同時にその時の感覚の質(クオリア)を学ぶことです。そして、その理論のある套路や型など最初から行えるわけがないと諦めておくことです。いうなれば理論を知っているが、捨てておくのです。動き方は知っているが、捨てておくという「甩」の精神です。

知っている太極拳の理屈通り動こうなどもってのほかです。それが気血を滞らせるのです。動けるはずがありません。おおらかに気持ちのいい動き方を心身で学び、いつの間にか理論通りに動きになるのです。本末転倒です。

ただ、記憶した套路を気にせずとも動けるようになるまで毎日行います。すると、あるとき教わった感覚質が現れ、教わった理論が同時に認知されるのです。

ここで始めて太極拳の理論通りの動きができているのです。

 


重症虚血肢Vol. 548, No. 76682017年8月24日動脈が詰まって血流が悪くなったり止まったりすると、痛みを生じるだけでなく、ときに腕や足を失う恐れがある。 重症虚血肢が悪化すると生命に危険が及ぶこともある。患者の約70%が血行再建術の適応となるが、それ以外の患者では切断以外の選択肢はほとんどない。再生医療によって、こうした現状が変わる可能性がある。

情報源: Nature Supplements | Nature Research

池の鯉

池の中しか知らない鯉は、池の中が全てであり、池の中を泳ぐようにしか泳げない。
大河を泳いだことがある鯉は、池の中にいても、池の框を楽しみながら、大河の中を泳いでいるように泳ぐ。

映画 「復讐するは我にあり」を見ました。

いまは亡き緒方拳さんの主演映画。彼が生前に「俳優とは、人に非ずして人を憂うと言うことだ。そういう俳優になりたい」と言っていました。人として、人を憂うと、自分を憂うことになります。そうして行くとその悲しみは「復讐するは我にあり」まで行き着きます。

人に非ずして・・・心理学者マズローなども唱える人を超えた自分というものがあります。
そこから人を見ることができれば、復讐はありません。
太極拳という武道も、人に非ずして、人を観ます。無為自然の世界から、人という素晴らしいものを観るのです。人というものを憂い、喜びます。

 「復讐するは我にあり」 [DVD]

香港 – 太極拳

27年前ほど、日帰りなど週に3回は行ったり来たりしていた香港、ここで太極拳を行う人は、この記事のように、いつも武を話します。(参考)
私も、今は無き九龍城で、裏社会に住む人に太極拳を教えていましたが、住民達は套路よりも武道に興味があり、困ったものでした。套路も大切なので、武道の興味を引きつけてしっかりと痛い目をさせてから、套路を教えましたが、やはりこれはうまくいきません。本来の人間の潜在能力にある気勢をしっかり思い出すには、毎日しっかりと気勢のある套路を行うのが最も大切です。
教えた人たちは、護身術が身についたと喜んでいましたが、85式を覚えるように、私の套路をビデオに撮影して代表のものに渡しておきました。すると、丁度この場所、いつも滞在しているペニンシュラホテルのすぐ前の、このあたりで、数人の仲間と毎日太極拳の套路を練習するようになったとのことで、私が、香港に行ったときは、朝、ここで太極拳の套路を教えることになりました。さすがに武道練習は、九龍城の集会場(食堂屋?)でやりましたが。その時は私たちだけでしたが、この記事を見て懐かしい思いです。
それと話は変わりますが、まだ、建築足場は竹なんですね。20階建てにも当時はエレベーターもなく、有っても、いつ落ちるか恐ろしくていつも階段を使いました。他の写真の景色を見ると香港の面白いところはあまり変わっていないように思います。今のところ用事が無いので行きませんが、又行く機会があるかも知れません。九龍城がなくなったのはしかし、寂しいですね。とても人間が面白かったのですが。

太極拳ってヨガのような運動かと思っていましたが、実は武術の一種で「陰と陽」の対極説など、中国に古くからある考え方が元になっているそうです。 太極拳はゆっくりとした動きで無理なく筋肉に負荷をかけて足腰を強くしたり、身体を動かすことによって大脳が活性化されたりと健康に効果があるうえ、ゆるゆるとしたリズムに心身がリラックスすると言われています。いくらゆっくりした動きだからといっても、やはり武術の一種ですので動きやすい服装で参加するのがおすすめです。どうしてもお洒落な服装で旅行を楽しみたいなら、太極拳を習ったあとにホテルへ戻って着替えるといいかもしれません。

情報源: 香港穴場スポット・ちょっとディープな世界を満喫できる旅 – ガールズSlism

太極一家

先日、当関連サイトの、太極拳に関する記事が改ざんされて、悪辣なイラストと動画が掲載される被害を受けました。

今まで、太極拳サイトで使用するメールアカウントを、国際的な公的ブラックリストに掲載されたり、徹底的なスパム攻撃を受けたりしていましたが、今回は、サイト内部まで入って来て改ざんされたのには驚きです。

以前から、だいたい複数の犯人らしきものも推測できており、太極拳サイトで使用するメールアカウントのブラックリスト掲載についてはその情報を提供したところ、やっと、ブラックリストから除かれました。

このような陰湿な攻撃は、以前には、殺人予告ともいえる暴力を加えるなどの予告もあり、警察に被害届を提出したほどです。

その他にも、色々な攻撃もあり、全て対応していますが、結構なしつこさです。

—-以上から、以下に記事を書きます。—-

太極拳の神髄を記した王宗岳の太極拳経の一節“英斯技旁門甚多。”この技の旁門は、はなはだ多し。

旁門とは似ているようであるが違う流派のことである。旁は(傍ら,付近,わき,際,あたり.という意味)で、ある門の付近やわき,際,あたりにある状態をいう。ここでの、ある門とは王宗岳が太極拳論で述べる武道である。

旁とは、そのものの傍ら,付近、わき,際,あたりにあるだけでそのものではないということである。

まるで横に居るだけでそのようなものであるように振るまうことも旁という。

 陳炎林といえば、「太極拳刀劍桿散手合編」という、太極拳の神髄を収めた書籍を発行した人物である。孤高の太極拳家として有名である。

この人物は、当時の楊家太極拳や陳家太極拳などのあらゆる太極拳と名のつくもの、その他のあらゆる中国武術、伝統であろうが制定であろうが、陳炎林はそれらを旁門と呼び、一切付き合うことをしなかった人物である。従って、そのようなところには一切名前は出ないが、「太極拳刀劍桿散手合編」を読めば、彼の太極拳の全体像が見え、他の太極拳などとは一線を画すことがはっきりわかる。私の師も、同じく、日本の太極拳の集まりや、中国の太極拳の集まりには一切関係しなかった。

陳炎林は、武道そのものの原点を説き、その武道を真摯に習得してこそ、その理によって成果を会得し、その結果として養生、行気、意気、自然呼吸、自然な力(勁)、架子(かた)、大悟、護身が備わると説いている。

従って、自分の武道からかけ離れた旁門について、自分の行う太極拳とは名は同じだが、違うものであるとしていた。これは、陳炎林の側近にいた人物も述べていたらしい。

陳炎林は戦前から戦後の満州、上海にて、特に裏社会において活動していた日本人なら、誰しもが知っている人物である。日本の満州や上海にいた軍部にも有名である。上海特別市代管業主不在房屋委員会にも尋問されている。

特に私の祖父は、陳炎林をよく知り、大阪に呼び寄せた中国人の一人に陳炎林の側近がいたらしい。これは、私の祖父の組織の関係者でもある、中国人華僑の太極拳の師から直接聞いたことである。

王師は、祖父が大阪に呼びつけた陳炎林の側近と話をしたときに、陳炎林が自分と同じ心意であったことを知り、会いたかったらしいが、祖父の組織と陳炎林の関係は、王師が陳炎林と会えるような関係では無かったらしい。

太極拳は武道であり、その理合を知り、根本を学び、良く修練してこそ、拳法の理合が心身の養生となり、健康を取り戻し、いつの間にか自分の身を守る本来の能力が呼び戻されているに過ぎない。別に戦闘のために身につけるのではない。しかし、太極拳のあらゆる効果は、あくまで武の理合である。それをゆっくり行おうが、そのエッセンスだけを取り出したといおうが、武を身につけていないものには、なにもできるはずがない。できるというなら、それが旁門である。外側だけを見て真似ただけである。当流の師範になるものは、全員、武道で『武』を身につける。これが目的では無いのは前述のとおりである。単に太極拳という全体を学ぶだけである。

武のエッセンスは、武を学んで始めて分かるものである。エッセンスは原料がなければ絞り出せない。エッセンスだけ一人歩きすれば、その元がどのようなものかは分からない。そういうことである。武が分かれば、エッセンスも絞り出せ、それを使ってゆっくりも行える。それが套路や推手、慢拳などである。武のない套路や推手、慢拳が一人歩きしても、単なる張りぼてである。

王宗岳が言うように、旁門は、その根本を学ばず、修練せず、張りぼての虎のように外側ばかりをつくろう。するとどうなるか、武道の動きである太極拳は、内部が伴わないと、張りぼての虎を無理矢理動かしたように外側が壊れる。腰や膝、首、そして、生理機能や精神が壊れる。逆に、放松だと言ってただ脱力することと勘違いし、大事な内勁という自然な力を発勁することもせず、その自然な力まで抜き去る。それが、放松だと大きな勘違いをする。武道の気勢を使って内部の気を解放できないで、その勢いを武道の理合のとおり、抹消まで気勢として巡らして発勁できないと、内部に気勢が滞り、抹消の神経や血管、細胞などには気勢が届かず、太極拳で大切な節節貫穿の効果を得ることができないばかりか、末梢血管や神経系に大きな問題が出る。末梢血管が細く脆くなり、寒い冬や血圧が上昇したときに内出血を起こす。脳に起こると一大事である。心臓の毛細血管なら、微小血管狭心症という心臓内の微小血管の狭窄及び攣縮による虚血により一大事である。そのようにならないため、当流ではゆっくりと套路を行うにしても、徹底的に武道としての気勢を身につけていく。しかし、用意不用力の太極拳は、その人の心の働きで動くわけであるから、それが身につくかどうかはその人の心次第である。従って、当流では太極拳の意を修養していくのだが、頑なに、旁門の皆さんと同じく、太極拳に対しての多数派主義の固定概念を捨てきれないものもいる。その場合は、当流を去って行く人もいるが、折角巡り合ったのだからとても心配で残念である。いつでも戻ってきて欲しい。その場合は、幼児のような還虚という素の状態に戻ってから、太極拳を学んで欲しい。

以上のような、放松を勘違いして太極拳を行うなら、ラジオ体操には放松などの拘りがないので、絶対にラジオ体操をおおらかに行う方が健康には間違い無く良い。もしもそのような太極拳に拘り続けるなら、意が変わらない限りその太極拳は変わらない。用意不用力である。そうであるなら、今すぐ、健康だけでは無く、人生のためにそのような太極拳をやめて、ラジオ体操をおおらかに行って欲しい。心から願う。命に関わる。

放松とは、実際の字は放鬆である。全てを自由に解き放ち、心身を解放したやわらかさである。心身を解放すれば、太極拳の気勢はおおらかに放たれ、心身に柔らかな鬆(す)ができる。鬆(す)とは、弾力を失っていない、スポンジのような軟らかさのことである。

これは、太極拳という武道の理合と気勢や発勁を修得しないと分かるものではない。陳炎林がいうとおりである。

武に興味が無くて太極拳をやるなら、太極拳は武であるからナンセンスな話しである。武とは戦闘ではない。例えば、太極拳の武の理合に沾粘連随(てんねんれんずい)がある。相手に水を打った障子紙のように貼り付き(沾)、深くに粘って浸透し(粘)、そして融合し(連)、相手と自分を同調する(随)。そして、相手を自分の場所へ導いていく(化)ことで、盾は矛を止める。これが太極拳の武である。これだけでいいのである。何も戦わなくても良い、この勁を発するだけの気勢と武を身につければいいのである。その多くの結果のたった一つに、強力な護身や養生ががある程度である。たった一つである。人生全体に武が生かされる。道(人道と天道)に生かされるから武道である。

太極拳は「用意不用力」である。陳炎林は意を心の働きであり、意識や意念とは別物であることを明確に知っている。書籍中の意気論を読めば分かる。意識は心の働き(意)の最終段階に、やっと顕在的に自覚できるほんの少ない部分である。意念も仏教では念はサティといい、人間が意図的に心の内の特定の物事を心に留めておくことであるから、これも狭い範囲である。そんなもので動いていれば、太極という全体和合を理とする、太極拳の武では無い。太極拳の外に現れた、張りぼてをなぞっているに過ぎない。

また、心の働きが「意」であるが、心の内には森羅万象と繋がる純粋な心である「神=しん」があるとし、自分の生命現象全てを「精」( せい )であるとしている。「神」はカテゴリーとしては心であるから、それが起こす行為や現象と合わせて「精神」とするのである。

この精神は、人間としての価値観で使用される場合は、人間としての精神、そして、もっと人間を含む全ての中の一つとしての私として使用される場合は、全ての中の一部としての精神となる。それが精神なのである。もっと例えると、武士の精神は、自分が武士であるという価値観から生まれるのである。しかし、心は、あらゆる情報を持っていて、その中から、武士として使用されている部分だけの状態が武士の精神なのであるが、その精神が森羅万象の心と繋がっていることを思い出しているか、思い出していないかで、その人の精神活動に大きな違いが生まれる。思いだしている場合は、森羅万象と一体であり、武士という精神を持つ人間として生きる事ができるから、いつも森羅万象と共に生きる安定感があり、武士という価値に拘ることもなく自由である。思いだしていない場合は、武士という価値に拘り、いつもそれに縛られ、全く不自由であり、武士の精神以外は何も見えない。同じ武士の精神でもそれほど違う。だから、武士の精神だからといって一括りではない。本質の違う武士の精神が山ほどある。太極拳も同じである、本質の違う太極拳が山ほど有る。ある太極拳を、森羅万象を全体として和合しているという本質を詳細に述べてから、その太極拳と同じ名であるが、その本質と違うのに同じようなものを、その太極拳の門から見て「旁門(ぼうもん)」と呼ぶ。周辺や横に居る者達といいう意味である。外見や名前は同じだが、全く違うものという意味である。

例えば、日本舞踊を例にあげてみよう。私は縁があって、大阪の上方舞の吉村流の五代目家元の稽古を何度も見学したことがある。四代目の家元は、吉村 雄輝であり、人間国宝、俳優池畑慎之介 (ピーター) の実父である。

日本舞踊は多くの人が様々な流派で楽しんでいる。五代目の家元には、数人特別に直接教えるものがいたのだが、「あんたらのは、日本舞踊や無い!!」と、いつも顔を真っ赤にして激高し、気の毒なほど悲しんでいた。しかし、新しく教わることになった小学生の男の子が踊る姿を見て、いつも褒め称え、ニコニコしていたことは、その場にいた人なら覚えているはずである。

この家元が、自分が「あんたらのは、日本舞踊や無い」というような日本舞踊と同列に扱われるような立場に甘んじるだろうか。もちろん、甘んじない。しかし、日本舞踊を楽しむことは勝手にやればいいことだし、舞踊の基本をしっかりと学び、その心をもって踊ることができれば、とても素晴らしいものである事も知っている。しかし、やみくもに踊ると、心身を壊す。みなさんはご存じないないかも知れないが、あの真の日本舞踊の着流しの下で何が起こっているのか。緩やかなはんなりとした動きには、人間が人間を超えた能力が発揮されているのである。ただ踊っているだけではない。ブレークダンサーのような、バレリーナのような明勁(外に現れる自然な力)では無く、暗勁(内に潜む自然な力)が超人的に発揮されている。太極拳にも匹敵するような、暗勁に森羅万象の魂を舞うのである。

それを真似て、拙力という外筋や意識を駆使して形を作っても日本舞踊のようあるが、その拙力で古典から残る踊りを舞うにはあまりにも無理があり、腰を壊し、膝を壊し、気血が滞る逆作用も生まれる。五代目の家元がそのような拙力で踊るものを見て、「あんたはオランウータンか」、「お金もうてるからいうても、もういやや、もう帰ってや」と怒鳴っていた。気持ちはとても分かるが、五代目の家元の体が心配なほどであった。

太極拳は、陳炎林が書籍として残した文字と絵図だけから、陳炎林の心である本質を見いだし、その全てを真摯に学ぼうとすれば、必ず仙人のような生命力を得ることができる。しかし、文字と絵図だけしか残っていないので、旁門はそれを真似て陳炎林の太極拳だという。

分解絵図もない、あの内容から本質を知るには、書籍の最初を占める『武』を修養するしかないのだが、その『武』を修養せず、ただ、文字と絵図で外側をなぞるように真似をしても、それは陳炎林の太極拳ではない。

書籍末尾の散手対打を、陳炎林の創作で古くからには無いものだと言うものがいるが、あれは、太極拳の日常的な相対練習のほんの一部である。逆に元はそちらで、その一人練習用として套路があり、気勢の発勁の基本練習が推手である。陳炎林氏の散手対打ではないが、当流の武道クラスでは、毎回散手対打が主な練習内容である。従って、山ほどの散手対打がある。陳炎林もその一部をまとめて、紹介したに過ぎない。技は招式で、相手を太極拳の使い手ではないとして行うから、技が最後まで決まる。対打は約束組み手で、相手を太極拳の使い手として、双方が技を行う。これは、技は最後まで決まらない。そこで、その使い手同士の攻防により高度な自由組み手(散手)を取り入れる。運用である。運用も対打、即ち、約束組み手として練習する。これが、散手対打である。陳炎林の散手対打も見ればわかるように、套路の型を使って構成しているのではない。使用しているのはその套路の武の気勢である。それがわからないと、太極拳がなぜ十三勢といわれているのかも真に理解できない。

陳炎林の散手対打も、その膨大な日常練習の中から、ほんの一部をまとめて紹介したに過ぎない。だから、末尾に掲載したのである。それを創作だ、今までには無かった、85式の型が全部含まれているなどと言うものたちの太極拳とはどのようなものかは、一目瞭然である。

そして、散手対打の分解絵図ではないので、武道が分からない場合は、これこそ太極拳の練習である散手対打も、単なる断片的な絵図のまねごとになってしまっている。太極拳という武道の本質を知っていれば、陳炎林の散手対打の絵図を見れば、その合間に何が起こっているかは、簡単に分かる。陳炎林はそう思って断片的な絵図しか掲載していないが、最初に武の心を徹底的に述べているから、それでいいのである。

だから、陳炎林が、旁門からの呼びかけにも一切関係しなかった理由は、その旁門に陳炎林の求める本質がないにも拘わらず、何も知らないものが、その旁門にそのような本質があるように錯覚し、心身を壊す事にならないようにするためである。

私も、「簡化24式太極拳で骨の髄まで練り上げる技法」を出版したり、YouTubeやサイトで、私が知る太極拳の本質を見せていこうとするのも、陳炎林氏と同じ心意も理由の一つである。だから書籍は、最も本質から遠ざかっていると私が思う、制定24式太極拳をわざわざ取り上げたのである。

おかげで、『英斯技旁門甚多。”この技の旁門は、はなはだ多し。』の、はなはだ多い当門(当流ということではない。私が本質と思う本質がある太極拳のことである)の旁門から敵対されているようである。言っておくが、旁門とは、王宗岳が言うには、王宗岳が言う拳法の旁門、私の場合は、私が言う太極拳の旁門であり、他の太極拳と名を持つ人が自分が本質だと思うものから見れば、私こそ旁門であろう。それこそ望むところである。逆に、当門の太極拳を邪道と言ってもらえるのも有り難い。しかし、当門以外の太極拳の側に寄ることはないので、その者達の旁門になることはないとだけ言っておく。

旁門でないというなら、当流の太極拳に対して陰湿に攻撃する必要は無い。自分が行っている太極拳は、当流が行っている太極拳とは全く違うものであるという自覚があれば、太極拳カテゴリーについて議論すればいいだけであり、違うものを攻撃して、当流をそちらの側に無理矢理引き寄せる必要は無い。当流の太極拳を粛正しようという必要も無いであろう。そんなことをするから、旁門なのである。

私も、太極拳で身体をこわしたりする人たちを懸念している一人である。素晴らしい太極拳は、諸刃の拳である。武道という難しい動きを、外側だけを見て真似るとどうなるか?放松という、武道における鬆ぎを知らずに、気勢を滞らせて、外に気勢を到達しないことが放松だとして真似ているとどうなるか、私は多くの人を見てきて知っている。

ただ、私は太極拳を習ったことによって、心身に重大な支障をきたす人を見ていることができないだけであり、これからも、大好きな太極拳の本質を発信し続ける。陳炎林が残した心意に共鳴するばかりである。

従って、他の太極拳のみなさんは、もし私の太極拳の本質が自分の思う本質と違うと思うなら、正々堂々と実名と連絡先を明かして、私のところにいくらでも意見を述べて欲しい。私は、あのミクシーでさえも、ツイッターにしても必ず実名と連絡先を明確に表示している、珍しい人間である。それでも、言いたいことを言える。名や連絡先を隠さないと言いたいことを言えなかったり、名や連絡先が出ると言いたいことが言えないというのであれば、その理由を聞きたい。

私はどのような意見にも、名前と連絡先を明らかにしてもらえば、時間が許す限り、完全に対応する。絶対に逃げないで、いつまでも私と話してほしい。私は率直にものを言うので、腹が立つかも知れないが、私は、それを恐れて口を紡ぐことはしない。しかし、真摯に話し合えば、必ず和合することができるはずである。いつまでも話すことを恐れないで、議論のチャンネルをブロックしたり、暴力や物理的な攻撃に訴えるなどの脅しをしたり、捨て台詞だけを残して去っていったり、感情的な言葉を連発したりして、議論することから逃げないで欲しい。逃げた人は、怨みが残り、高じれば、このような陰湿な手段にて私を攻撃することになる。

太極拳であれ、何であれ、私は全て経験によって知っていることであるから、知識や理論で説き伏せようとしても無駄である。湯水のようにいつまでも経験を思い出して、どこまでも話せるので、付いてきて欲しい。惜しい人は一人いたが、最後まで付いて来れた人が今まで一人もいないのは残念である。全員逃げ去っているから、その人達の心の内には、私への怨みが生まれるかも知れない。しかし、「知らないことが問題ではない、知らないのに知っていると思うことが問題なのである」というトムソーヤーの作者の名言のとおり、太極拳についても、トムソーヤーと同じく私は一歩も引かない。引いたように見えても、引進落空である。従うように見えても、随化である。そして、沾粘に同化して連なり、勢いが強ければ走らせて化する。そして完全に普遍性で和合するまで巡る。それが武である。武とは戦うことでは無く、和合して元々相対することがなくなることである。矛が盾に和合して止まるのである。太極拳だけではなく、人生全てがそうである。

太極拳の本質を求めることは、多くの太極拳愛好家にとってとても素晴らしいことであり、太極拳を愛するものなら、その本質を取り戻してあげようという『愛』があるはずである。その心を持つものが、太極一家である。

その『愛』を思い出して、私を攻撃する前に、私と話して欲しい。

このような行為に対応する時間も一つの経験として、私の人生の一重になる。それだけのことである。少しも、無駄でもない。

しかし、このような陰湿な行為は、自分の心身にフィードバックして行くことも忘れないで欲しい。いつでも、匿名でも、とことん誠実に対応するが、名を上げて私に対応してくれれば、そちらも逃げにくくなるはずであるから、そうしてほしい。匿名の人は、ほとんど短期の間に逃げ去る。こちらが最後までの議論を楽しみにしていても、去られたり、ブロックされるととても残念である。最後まで話せば、仲良くなるなど目的ではないが、結果的に親友のように仲良くなれる自信がある。だから、言いたいことがあれば、いくらでも、否定でも批判でも良い。但し最後まで議論を付き合って欲しい。覚悟して議論を行って欲しい。それだけである。

最後に、

私は、太極拳を愛しているだけである。私の人生にある全てのことと同じように。

王師語録#8

王師語録#8

「太極拳を学ぶことは、ただ天真爛漫で天衣無縫な自分に戻るだけのこと。戻れば、もう太極拳など必要ない。元々備わっている無邪気な勢いを何事にも使えば良い。それだけでいい。」

(王師と話していた事を回想して語録に記録しています。下記にはその回想のきっかけになった事柄などを記載しています。)

「私はなぜか、小学生以下の子ども達に、初対面でもまるで友達のように、いや友達以上に馴れ合われる。王師と電車に乗っているときに、遠足帰りか、なにかわからないが、多くの子ども達が乗り合わせた小学生達の無邪気な姿をまじまじ見ていると、目が合った子ども達数人が私に馴れ合ってきて、膝に上ったり、首に捕まったりし始めたので、長椅子や床にやんわり投げ飛ばしたり、捕まれた腕や首をするりと抜いたりして遊んでいました。子ども達も大喜びで、私もとても楽しい時間を過ごしました。その後電車を降りてから、いつもこうなんですよと言った私に王師が言った言葉です。こんなことは、今でも良くありますが、今日、まだ2才にもならない我が子の朝からの天真爛漫で天衣無縫な姿を見ていたら、この王師の言葉を思い出しました。」

王師語録#8


 やっかいなのは、
何も知らないことではない。

実際は知らないのに、
知っていると
思い込んでいることだ。

(王師?)

(王師と話していた事を回想して語録に記録しています。下記にはその回想のきっかけになった事柄などを記載しています。)

最近ディズニーの映画、『トム・ソーヤーの冒険』が面白いというので、その解説を読んでいると、著者のマーク・トウェインの有名な名言というものに巡り合いました。
 この名言を見て、私が、横浜で行われていた太極拳のイベントを、王師と一緒に見に行ったとき、そこに招聘されていた有名だと言われる太極拳の老師の演武や、通訳入りの解説などを見ていて、私に言った言葉を思い出しました。この言葉は王師の言葉と思っていましたが、あれ、同じことを言う人がいるのか、王師がこの言葉を知っていたのか定かではありませんが・・・

What gets us into trouble
is not what we don’t know.
It’s what we know for sure
that just ain’t so.

(マーク・トウェイン)

<太極拳>喜寿過ぎて講師デビュー | 河北新報オンラインニュース

<太極拳>喜寿過ぎて講師デビュー 自宅で太極拳をする浅野さん 拡大写真 宮城県名取市の主婦浅野美津子さん(78)が、同市市民活動支援センターで初心者向け太極拳講座を始めた。喜寿を過ぎての「先生」デビュー。自身も太極拳を続けて血圧が大幅に下がったことから、「家に閉じこもらず、受講しに来て」と同世代に呼び掛けている。 浅野さんは市民団体「太極拳で介護を予防する会 はなもも」を設立し、7月16日に講座をスタートさせた。毎週土曜、60~80代の4人に太極拳を教える。

情報源: <太極拳>喜寿過ぎて講師デビュー | 河北新報オンラインニュース
taichi 77才のお祝いが喜寿ですが、王師は私が20才前後に巡り合ったとき、既に70才を超えていました。
巡り合ったのは、私が働く、大阪の大型サパークラブ(後にディスコ)にモデルクラブの女性を連れてよく出入りしていて、楽しそうにダンスを踊り、お酒は飲まず、いつも100%オレンジジュースを飲み、どこから見ても40代ぐらいにしか見えない人でした。
私の祖父の組織(大阪の老舗任侠?団体)の用心棒をしていて、時には有名なプロレスラーのブッチャーさんや、外国のロックグループなどとも店にやってきました。
あまりにも激しいので、嫌気がさして、あまり太極拳に興味がでませんでしたが、その時、護身術として太極拳を教わっていたときも、超元気なおじさん程度にしか思っていませんでした。
その後、私は、昼夜逆転の無茶苦茶不摂生の裏世界生活が祟り、重度の自律神経失調症になり、救急車で運ばれ1週間入院したとき、根本的に心身を変えると言うことで、太極拳を本格的に教わりました。その時に始めてもう既に80才を超えていたことを知り、驚いたものです。
王師は、私との練習場所の神戸の六甲山には、朝に徒歩で昇り、夕方にスキップで降りていきます。
確かに太極拳をやり続けると、このようになるのかと驚いたのですが、あまりぴんときませんでした。
この人の体質では無いのか?又は特殊な人だろうと思っていましたが、印可を受けたときには、太極拳で、なぜ、このようになるのか、全てのことが理解できました。

それからは、私の性分で、科学的根拠を模索しながら、サイエンスなどの科学雑誌や、論文、書籍などと、理解できたことを照合し続ける毎日です。
おいおい、書籍などを出版して、をこのメカニズムを解き明かしたいと思います。
喜寿過ぎて講師をするなどの楽しい老後は、太極拳経のとおり、最初を間違れば千里の差が出ますが、間違えず太極拳を続ければ実現するはずです。教える楽しさは格別です。

香港、平均寿命は男女共に世界一に  – 香港経済新聞

さらに健康への関心の高まりがある。カリフォルニア・フィットネスクラブの店舗閉鎖問題はあるが、スポーツジムやヨガなどは人気があり、日系でもライザップでは顧客を着実に伸ばすなど、健康志向の高まりは強まっている。早朝に公園などに行けば伝統の太極拳をしている人が大勢いる。

情報源: 香港、平均寿命は男女共に世界一に  – 香港経済新聞

25年ほど前には、週に三回往復、時には日帰りもするほど、頻繁に香港へ通っていました。
確かに、当時は、香港の太極拳は制定太極拳では無く、武道を目的とした伝統太極拳を好む人が多くいるように感じました。理由はよく分かりませんが、今後研究してみたいものです。知人の意見では、香港の人のほとんどは、1930年代から1960年代に中国での戦争や共産主義体制からイギリスの植民地であった香港に逃れて来た人々で、だから、制定太極拳は好まないのだろうと言っていました。
最近では、制定太極拳も多く行われているようですが、伝統太極拳を行っている人たちの考え方は、医武同源です。私は、用事があって、今は無き九龍城に良く出入りしていましたが、その中は中国武術のるつぼでした。
あることで、その中で楊式太極拳の武道を披露することになり、技撃と太極剣、太極刀などを教えることになりました。
当時に、公園で行われていた太極拳は、明らかに伝統太極拳であり、私が公園で見ていると、こちらにやってきて、わざわざこれは制定太極拳では無いと強調されることもありました。

私は、事業関係で、香港の地方であるニューテリトリーに良く出向いていたので、各地で中国武術の団体に出会いました。
誰もが、武道は体にいいと口を揃えて言い、武術練習の後は鳩を食べれば、最高に健康になると言われましたが、なぜか、昔飼っていた鳩の顔を思い出して、いつも断っていたほどです。
九龍や香港島などの都市部は、人口密度も高く空気も悪いため、健康にとってはあまり良くないかも知れませんが、広大なその他の地域は、空気も良く、多くの人が公園で太極拳をしている風景が目に付きました。私も、そこで他の人よりもとてもゆっくりと太極拳をしていると、広い公園の他の団体で行っていた人たち数人が、私に教えて欲しいと言って周りに集まってきました。私は、香港の人たちの太極拳に対する想いに、今まで感じたことのない積極性を感じました。
私がビジネスを共にしていた知人は、日本語を含む5カ国語ほどを話せますが、私の話す大阪弁を何語だと聞いてきたエピソードがあります。それからはひたすら、筆談を用いて会話をすることにしたため、漢字と身振りでほとんど会話ができます。日本語を話せる人も多く、ビジネス街の特に若い女性店員達は、しきりに日本語を教えてくれとせがんできます。もちろん英語はほとんど通じます。逆に私の粗末な英語力のほうが、一生懸命理解しようとしてくれるので、とても有りがたいものです。
知人とは、昼間は飲茶でビジネス談話、毎晩高級マッサージ店に連れて行かれ、株価が流れるモニターを見ながら、個室で足の指先から頭の先まで念入りにマッサージされ、ジャスミンの花入り鉄観音茶をすすりながら、徹底的に疲れを取ります。
私の知人は、ビジネス優先で、太極拳をする時間を取るなら、その時間は仕事をするというタイプですが、このように夜は徹底的に体を癒やし、タバコも吸わずお酒もあまり飲まず、普段から健康に対してはすごく気を使っています。
多くの、香港人に巡り会いましたが、本当に朝から晩まで、人様々に健康に気を使っています。特に、都市部ではマッサージや漢方薬などで外丹的な健康を追求する人が多いようですが、地方部では、若者は武術、それ以外は伝統太極拳をする人がとても多くいました。
今回の記事も、ほとんどが都市部以外の人たちが平均年齢を上げているようですが、医武同源という言葉を香港では昔からよく聞いていましたので、とても納得できる記事でした。

太極拳を教わっていることを誰にも言うな

shapeimage_1-2私が、太極拳を教わり始めたのは20代の時ですが、王師からは「印可を受けるまでは、私から太極拳を教わっていることを誰にも言わないで欲しい」と言われていました。その理由を聞いたところ、「太極拳は自分の家族と一族のみに伝えることになっている。その理由は、心が通え合えないと太極拳は伝わらないからだ」と言われました。そして「心が通じ合っていれば、必ず印可を与えることができる。印可を与えたと言うことは、心が通じ合ったからだ」と言われ、とても納得したことを覚えています。

今は、王師から印可を受けたので、しっかりと王氏の名前を表面に出していますが、確かに、今、様々な流派の多くの太極拳の協会や団体が、日本にて活動していますが、どのように心が通じ合ったから、日本人は中国の人から太極拳を真に教わったのでしょうか。とても興味があるところです。太極拳は用意不用力です。意とは心の働きそのものです。心にて全てできあがっているのが太極拳です。まして、太極拳などの武道は中国の人たちの心の奥にある誇りのようなものです。その誇りのようなものを、心が通じ合ってもいない人たちに伝授するところには、どのような理由があるのか探りたいものです。

当初、王師は「日本人には太極拳を教えてはならない」と言っていましたが、「僕は日本人なのになぜ教えるのか」と聞いたのことに、一つだけ言えることは、古来の中国人は「水を飲むときは、井戸を掘った人の恩を忘れてはならない」という信念があり、例えば、有名な政治家田中角栄氏の恩に対して、中国の政治家達は絶えず角栄氏を訪れ感謝の意を表し、角栄氏の死後も娘には必ず訪問するとなど、恩に対する心情は深いものであるようです。

私の祖父が、王師の命を救ったらしく、その孫である私に、自分のできることを全てすることがあたりまえと言っていました。

太極拳は、王師にとっても「誇り」であり、その誇りを私に伝えてくれたのです。私が今、太極拳を教えるのも「心通じ合う」ものへのあたりまえのことです。これからも、太極拳の意を共有できる人たちが、ここに集まってくることを楽しみにしています。